雨後の世界
イヤホンを通じ、真歩から世界中に赤い雨が降り注いだことを知らされたアラン達は、絶句して固まった。
「嘘!世界中の人があの雨で死んじゃったってこと!?俺の家族は!?」
風人はおろおろして震えた。
「落ち着いて。屋内に避難した人は大丈夫なはずよ」
ミランが風人に向かって言った。
地べたに座っていたケイラが、フッ、と小さく笑った。
「何がおかしいんだ」
怒りに満ちた表情で、ウガがケイラの胸元を掴んだ。ケイラはそれに怯むことなく、ウガを睨みつけた。
「結局、ヘイズの言う通りになったのよ。ウガ、あんた達がドゥニアを逃げ出した後、私達に何が起こったか知ってる?」
「いや···」
「あいつはね、私達に麻酔を打って眠らせた後、体内にマイクロチップを埋め込んだのよ!いつでも殺せるよう、爆破装置を内臓したチップを!」
ケイラの勢いに、何も言えないウガ。
「でもね、ヘイズは約束もしてくれたの。いつかドゥニアの手によって人類が滅亡した暁には、その後の世界をゲノマーが好きに作り変えていいって。あんた達さえ獣乱祭を邪魔しなければ、私達ゲノマーが赤い雨に巻き込まれることも、なかったはずよ」
ケイラの言葉を聞きながら、ウガが瞳から一筋の涙を流した。
「悪かった···だが···ドゥニアを出てから、俺は人として生きてきた。ゲノマーとして生き残るくらいなら、人として死にたい」
ケイラは、ウガの突然の涙に驚いて目を逸らした。
「私だって、別にゲノマーとして生まれたかったわけじゃない。でも、人はすぐ嘘をつくし人を殺すし、残酷なだけの生き物じゃない。人なんか···キライ」
ふいに、ミランはしゃがみこんで目線をケイラに合わせた。
「ずいぶん、辛い思いをしたのね」
「はぁ?さっきから、あんた誰よ?なんでゲノマーみたいな身体して、人の味方なんかしてんのよ?」
「私はミラン。昔ドゥニアで働いていた父親が、日本に帰国して私を作ったの。だから私もゲノマーね。あなたと同じよ」
「ふーん。じゃあ、一緒に楽園を作りましょう。沢山の動物と一緒に暮らす、ゲノマーの楽園」
夢を語るケイラに向かって、首を横に降るミラン。
「私の好きな人は、ドゥニアが作ったワニに殺されたの。尊敬していた先生も、友達も、世界中の沢山の人が、ドゥニアの作ったネズミや恐竜に食い殺された。だから、人類のいない楽園には賛成できない」
「じゃあ、やっぱり敵ってことね。どうせ、私一人じゃあんた達に勝つことなんてできないんだから、好きにしていいわよ。くし刺しにする?それとも焼き殺す?」
ケイラは、震えた声で諦めたように笑った。
ミランは再度、首を横に振った。
「私はあなたを殺したくない。できればあなたの味方になりたい」
「人類の味方してるあんたが、私の味方になれるわけないじゃない」
「そうかな?人の中には、動物を守る仕事をしてる人も沢山いる。環境を守るために努力してる人も沢山知ってる。ドゥニアの理想は、人類にとっても理想だと思う。一緒に作ろうよ。ゲノマーも、人類も、区別なくみんなが幸せになれる世界」
「そうだ、ケイラ。人類は、悪い奴ばかりじゃない。俺の村の奴らなら、お前のことも歓迎するぞ」
ウガも話に加わった。
「嘘でしょ?てっきり、殺されるかと、思って···た」
言い終わらぬうちに、ケイラの瞳には涙が溢れ、流れ始めた。
「こ、怖かった···ずっと···」
ケイラは号泣した。
◆
朝の日差しがまぶたに届き、アランは自然と目を覚ました。そこは、数日前まで間借りしていた、ウガの村の一室だった。
騒がしい男達の声が聞こえて外に出てみると、そこにはEU軍の兵士達により、小型飛行機に乗せられるドゥニアの研究者達がいた。
小型機の前にいた菅原が、EU軍に向かって敬礼した。
「では、移送をよろしくお願いします」
「承知しました。後はお任せ下さい」
兵士の一人がそう言うと、小型機の扉は閉まり、動き始めた。
「あいつら、どこに行くんですか?」
アランは菅原に話しかけた。
「EUの刑務所さ。奴らは、10年以上前から指名手配されてる重罪人だからな」
「ヘイズは、怖い悪魔みたいな奴だと思ってたんです。でも、現実のあいつは···自分の弱さから逃げる、卑怯者に見えました。···俺、強くなるだけじゃなくて、逃げない奴になりたいです。班長や、菅原さんみたいに」
飛び立つ小型機を見つめながら、アランは呟いた。
「フッ。アラン、お前起きたばかりだろ?寝癖付いてるぞ」
「ええ!?」
アランは恥ずかしそうに髪を撫でた。
そんなアランの様子を笑いながら、菅原は心の中で呟いた。
(アラン、逃げたくなった時は今言ったことを思い出せ。それで本当に逃げずにいられたら、その時お前はもう、子どもじゃない)
ふと、菅原は低木の陰に隠れていたケイラを見つけて、声をかけた。
「おい、ケイラ。何やってるんだ?」
「EU軍は、もう行ったのよね?」
ケイラは顔を半分隠した状態で、菅原に尋ねた。
「そうだ」
「私のことは、連れて行かなくて良かったの?」
「あいつらに付いて行きたいなら、ベルルに乗って行けばいい」
「そんなわけないでしょ!!」
ケイラが怒ると、菅原が軽く笑った。
「ゲノマーは、ドゥニアの研究者に操られていた、いわば被害者だ。EUでも罪に問う声はない。そんな心配より、アフリカの復興を頼みたい。ウガもそれを望んでいるぞ」
「そんなこと、わかってるわよ」
ケイラが答えると、ちょうど木材を持ったウガと森田がこちらに向かってやって来た。
「これから店を作ることになった!お前達も手伝ってくれ!」
ウガがアラン達に声をかけた。
アラン、菅原、ケイラは、ウガと森田の下へと向かった。
◆
EU軍からチャーターした小型飛行機に乗りながら、アランは菅原の話を思い出していた。
―アランの回想―
菅原が、獣衛隊に向かって言った。
「先ほど、獣衛隊の本部から連絡があった。日本は最近政権交代したばかりだ。そんな時期に赤い雨が降ったことで、かなり混乱しているらしい。そこで懸念されるのが、班長の処遇だ。班長がカピバラ状態にあることは、くれぐれも口外しないように」
――
アランは、ななめ左を見上げた。
(班長は、どうしたら人に戻れんのかなぁ)
そんなことを考えながら窓の外に目を向けると、大きな海と山が見えた。
「お、もう陸地が見えるぞ」
声を弾ませたアランは、隣の席で本を読むミランに声をかけた。
ミランは本に目を向けたまま、ため息をついた。
「そうだね」
「なんだよ、暗い顔して」
「そりゃそうだよ。まだ日本からネズミやワニが消えたわけじゃないし、赤い雨の影響も気になるし。···街に死体が溢れたりしてないといいけど」
「日本には獣衛隊も、防衛隊もいるんだぞ。真歩だって事前に警告できたんだから、きっとどうにかなってるって」
「だといいけど」
浮かない顔のまま、本を読むミラン。
足元に置いたリュックに目を落とすアラン。
(バッグの中には、玄真が着ていた隊服が入ってる。早く帰って、玄真の両親にそれだけは渡さないと)
アランが心の中で呟く間に、小型機は着陸態勢へと入った。
◆
荷物を受け取り、アラン達が到着ロビーに着くと、そこには防衛隊隊長の加治屋と、複数の防衛隊員、警察官がいた。
厳しい顔つきで、獣衛隊を出迎える加治屋。
警察官Aが、アラン達に向かって言った。
「獣衛隊3班だな!?お前達がアフリカへと渡り、赤い雨を降らせた容疑で、逮捕状が出ている!」
青ざめるアラン達。
物々しい様子に、複数の一般人が足を止めてアラン達を見ていた。
「ふん。ドゥニアで殉職しておけばよかったものを」
冷めた目で言い放つ加治屋。
(まさか、そのつもりで俺達にドゥニアまで行かせたのか!?)
アランはゾッとして、肌から針が出た。




