出発
暗い部屋の中、モルモットサイズのネズミに、耳や指といった人間の体の一部を食べさせるデクスター·ヘイズ。
ヘイズの顔半分は、火傷の跡で醜く歪んでいた。
ヘイズの下に、翼竜に乗っていた女、ケイラがやって来た。
ケイラの目はつり目で、まるで猫のような顔立ちをしている。
「任務完了しました。ペイトンの救出も成功しています」
ケイラが冷静な様子で伝えた。
「よくやった、さすがケイラ。疲れただろう?一緒にネズミに餌でもあげないか?」
「···いえ。負傷したペイトンの様子を確認してきます」
「ふ~ん。つれないね〜。お、もっと食べたいか?じゃあ次は目玉をやろう。ごちそうだぞ〜」
ネズミに人間の目玉を食べさせるヘイズ。
ヘイズから離れるケイラ。
◆
地平線から見え始めた太陽が、早朝の興奮を予感させた。まだ慣れない異国の匂いを味わいながら、蒼太は小さなキーボードから出る音を楽しんでいた。
「蒼太、門番交代するよ」
早朝に目が覚めたアランは、ナモスタンの村で門番をする蒼太と交代するため、門下にやって来て声をかけた。
アランの声に驚いた蒼太は、咄嗟にキーボードを隠して平然を装った。
「もう起きたの?まだ休んでたらいいのに」
「なんだか目が覚めちゃってさ。それより、今隠したのは何だ?ピアノ?」
「あ、やっぱバレてたか。これは携帯用のキーボード。暇だったから、ちょっと曲作ってた」
「え?蒼太って作曲家なの?」
「いや、違う···ミュージシャン目指してただけ」
恥ずかしそうに頭をかきながら、蒼太が答えた。
「···本当のこと言うと、音楽で食べて行きたくて東京に来たんだよね」
蒼太は、気まずそうにちらりとアランを見てから答えた。
アランは蒼太の隣に座り込み、蒼太の顔をまじまじと見た。
「じゃあなんで獣衛隊に入ったんだ?」
「東京行くの、親に反対されたから。獣衛隊に入る約束で、やっと送り出してもらえたんだよ。俺、ネズミ倒すのは昔から得意だったから。昼間は獣衛隊で活躍して、夜は曲作りまくって、そのうちデビューしてやろうと思ってたんだよね。予定では」
蒼太は、諦めたように小さくため息をついた。
蒼太の話を聞いて、アランは軽く笑った。
「蒼太って、スゲーな!俺なんか、目の前のネズミ倒すだけで毎日精一杯だよ。夢かぁ、いいなぁ。そういや、自分は何になりたいとか、最近考えてなかったわ」
アランは少し嬉しくなった。
瞬がいなくなった頃から、獣衛隊の仲間達と話をする機会が減った。自分もいつか死ぬかもしれない、そんな恐れと目まぐるしい日常が、仲間達との間に自然と距離を作っていた。
「俺さー。キーチューブのフォロワー数が1万人いて、地元じゃちょっとした有名人なんだよ」
「え、1万人!?」
アランは驚いて蒼太を見た。
蒼太は得意気にニンマリする。
「そ、すごいっしょ。ピアノは4才の頃から続けてて神童って言われてきたし、勉強も運動も得意な上にこの顔じゃん?東京に来れば、すぐに成功できると思ってたわけ。でも上京したらすぐにワニやらテロやら始まって、夢どころじゃなくなった」
蒼太はそこで一度言葉を切った。
「今この瞬間にも、世界中の人がネズミに食われてる。しかもその元凶を作ってる組織が、俺達の行く先にある。そんなことがわかったら、もう、腹を括るしかないよな」
そう言うと、蒼太は少し真面目な顔をした。
「うん。もうこれ以上、ネズミやワニに食われる人を見たくない。父親のことも気になるし、自分がどうしてこんな体になったのかも知りたい。だから、俺とミランは絶対ドゥニアに行かなきゃいけないと思う」
アランは決意を込めた目で空を見た。
「ところでさ、ミランって、好きな人とかいるのかな?」
蒼太は不意に顔を赤らめて尋ねた。
「え、なんで?」
アランは嫌な予感に頬が引きつった。
「いや、ちょっと気になったから」
蒼太は恥ずかしそうに答えた。
「いたよ。でも···ワニに食われてもういない」
瞬のことを思い出し、アランは下を向いた。
「え···」
アランの思いがけない返事に、蒼太はその場で絶句した。
◆
村人の家の中、集まった獣衛隊員達がアランを囲んでいた。
真新しいスーツに袖を通したアランは、着心地に感動して笑顔になった。
「アラン専用スーツだ。特別仕様の伸縮性素材だから、体中から針を出しても問題ない」
菅原が説明した。
「班長がスパイを引き受ける代わりに、防衛隊の予算で作ってもらったんだよ」
志穂がこっそりとアランに教えた。
「アラン、着心地はどうだ?」
森田が尋ねた。
「すごくいいです!動きやすいし、これならネズミの歯も怖くない」
アランが答えた。
「みんな、イヤホンはもう着けた?これがあれば、どこの国に行っても言葉がわかるはずだから安心してね」
志穂が仲間達に伝えた。
言葉に不安があった玄真や風人達も、安心した顔をした。
その時、部屋のドアが開いてカルムが入ってきた。
「これからアフリカに行くんだって!?」
「そうだ。もうすぐ発つ予定だ」
森田が答えた。
「それなら、俺も連れて行って欲しい。頼む」
カルムが真剣な顔つきで依頼した。
「今のアフリカが危険なことは、お前が一番よくわかってるだろ?」
「もちろんだ。でも、ナモスタンで戦う君達を見て気が付いた。恐れているだけじゃ、大切なものは守れない。俺にも、戦い方を教えて欲しい」
強い光の宿ったカルムの目を見て、森田は頷いた。
「みんな、聞いてくれ。ドゥニアまで、カルムも連れて行こうと思う。いいか?」
頷くアラン達。
「はい!」
◆
トラックに乗り、ナモスタンの村を出ようとする獣衛隊員達。
「じゃあ、あなた達はこの村に残るのね?」
志穂はダリヤに確認した。
頷くダリヤ。
「ええ。空港もまだ使えそうにないし、しばらくはここに残ってナモスタンの復興を手伝ってから、家に帰ることにしたの。アフリカは危険だって聞くわ。気をつけてね」
「ええ。お互い、がんばりましょうね」
志穂とダリヤは、握手を交わした。
「本当にありがとう!」
「お元気で!」
トラックに乗った森田達に、村人達が手を振った。村人達に見送られ、動き出すトラック。




