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獣乱のゲノム  作者: 大野 響
ナモスタン編

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出発

 暗い部屋の中、モルモットサイズのネズミに、耳や指といった人間の体の一部を食べさせるデクスター·ヘイズ。

 ヘイズの顔半分は、火傷の跡で醜く歪んでいた。


 ヘイズの下に、翼竜に乗っていた女、ケイラがやって来た。

 ケイラの目はつり目で、まるで猫のような顔立ちをしている。

「任務完了しました。ペイトンの救出も成功しています」

 ケイラが冷静な様子で伝えた。


「よくやった、さすがケイラ。疲れただろう?一緒にネズミに餌でもあげないか?」

「···いえ。負傷したペイトンの様子を確認してきます」

「ふ~ん。つれないね〜。お、もっと食べたいか?じゃあ次は目玉をやろう。ごちそうだぞ〜」

 ネズミに人間の目玉を食べさせるヘイズ。

 ヘイズから離れるケイラ。

 


 地平線から見え始めた太陽が、早朝の興奮を予感させた。まだ慣れない異国の匂いを味わいながら、蒼太は小さなキーボードから出る音を楽しんでいた。

 

「蒼太、門番交代するよ」

 早朝に目が覚めたアランは、ナモスタンの村で門番をする蒼太と交代するため、門下にやって来て声をかけた。


 アランの声に驚いた蒼太は、咄嗟にキーボードを隠して平然を装った。

「もう起きたの?まだ休んでたらいいのに」


「なんだか目が覚めちゃってさ。それより、今隠したのは何だ?ピアノ?」

「あ、やっぱバレてたか。これは携帯用のキーボード。暇だったから、ちょっと曲作ってた」

「え?蒼太って作曲家なの?」

「いや、違う···ミュージシャン目指してただけ」

 恥ずかしそうに頭をかきながら、蒼太が答えた。


「···本当のこと言うと、音楽で食べて行きたくて東京に来たんだよね」

 蒼太は、気まずそうにちらりとアランを見てから答えた。

 アランは蒼太の隣に座り込み、蒼太の顔をまじまじと見た。

「じゃあなんで獣衛隊に入ったんだ?」


「東京行くの、親に反対されたから。獣衛隊に入る約束で、やっと送り出してもらえたんだよ。俺、ネズミ倒すのは昔から得意だったから。昼間は獣衛隊で活躍して、夜は曲作りまくって、そのうちデビューしてやろうと思ってたんだよね。予定では」

 蒼太は、諦めたように小さくため息をついた。


 蒼太の話を聞いて、アランは軽く笑った。

「蒼太って、スゲーな!俺なんか、目の前のネズミ倒すだけで毎日精一杯だよ。夢かぁ、いいなぁ。そういや、自分は何になりたいとか、最近考えてなかったわ」

 アランは少し嬉しくなった。

 瞬がいなくなった頃から、獣衛隊の仲間達と話をする機会が減った。自分もいつか死ぬかもしれない、そんな恐れと目まぐるしい日常が、仲間達との間に自然と距離を作っていた。


「俺さー。キーチューブのフォロワー数が1万人いて、地元じゃちょっとした有名人なんだよ」

「え、1万人!?」

 アランは驚いて蒼太を見た。

 蒼太は得意気にニンマリする。

「そ、すごいっしょ。ピアノは4才の頃から続けてて神童って言われてきたし、勉強も運動も得意な上にこの顔じゃん?東京に来れば、すぐに成功できると思ってたわけ。でも上京したらすぐにワニやらテロやら始まって、夢どころじゃなくなった」

 蒼太はそこで一度言葉を切った。


「今この瞬間にも、世界中の人がネズミに食われてる。しかもその元凶を作ってる組織が、俺達の行く先にある。そんなことがわかったら、もう、腹を括るしかないよな」

 そう言うと、蒼太は少し真面目な顔をした。


「うん。もうこれ以上、ネズミやワニに食われる人を見たくない。父親のことも気になるし、自分がどうしてこんな体になったのかも知りたい。だから、俺とミランは絶対ドゥニアに行かなきゃいけないと思う」

 アランは決意を込めた目で空を見た。


「ところでさ、ミランって、好きな人とかいるのかな?」

 蒼太は不意に顔を赤らめて尋ねた。

「え、なんで?」

 アランは嫌な予感に頬が引きつった。

「いや、ちょっと気になったから」

 蒼太は恥ずかしそうに答えた。

「いたよ。でも···ワニに食われてもういない」

 瞬のことを思い出し、アランは下を向いた。

「え···」

 アランの思いがけない返事に、蒼太はその場で絶句した。



 村人の家の中、集まった獣衛隊員達がアランを囲んでいた。

 真新しいスーツに袖を通したアランは、着心地に感動して笑顔になった。

「アラン専用スーツだ。特別仕様の伸縮性素材だから、体中から針を出しても問題ない」

 菅原が説明した。

「班長がスパイを引き受ける代わりに、防衛隊の予算で作ってもらったんだよ」

 志穂がこっそりとアランに教えた。


「アラン、着心地はどうだ?」

 森田が尋ねた。

「すごくいいです!動きやすいし、これならネズミの歯も怖くない」

 アランが答えた。


「みんな、イヤホンはもう着けた?これがあれば、どこの国に行っても言葉がわかるはずだから安心してね」

 志穂が仲間達に伝えた。

 言葉に不安があった玄真や風人達も、安心した顔をした。


 その時、部屋のドアが開いてカルムが入ってきた。

「これからアフリカに行くんだって!?」

「そうだ。もうすぐ発つ予定だ」

 森田が答えた。

「それなら、俺も連れて行って欲しい。頼む」

 カルムが真剣な顔つきで依頼した。


「今のアフリカが危険なことは、お前が一番よくわかってるだろ?」

「もちろんだ。でも、ナモスタンで戦う君達を見て気が付いた。恐れているだけじゃ、大切なものは守れない。俺にも、戦い方を教えて欲しい」

 強い光の宿ったカルムの目を見て、森田は頷いた。

「みんな、聞いてくれ。ドゥニアまで、カルムも連れて行こうと思う。いいか?」

 頷くアラン達。

「はい!」



 トラックに乗り、ナモスタンの村を出ようとする獣衛隊員達。

「じゃあ、あなた達はこの村に残るのね?」

 志穂はダリヤに確認した。

 頷くダリヤ。

「ええ。空港もまだ使えそうにないし、しばらくはここに残ってナモスタンの復興を手伝ってから、家に帰ることにしたの。アフリカは危険だって聞くわ。気をつけてね」

「ええ。お互い、がんばりましょうね」

 志穂とダリヤは、握手を交わした。


「本当にありがとう!」

「お元気で!」

 トラックに乗った森田達に、村人達が手を振った。村人達に見送られ、動き出すトラック。


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