獣乱のコロシアム
アランが振り向くと、監獄の隅で地べたに力なく座っている男と目があった。暗い顔色をしたその男は、20歳くらいの黒人の若者に見える。
「そんなの、まだわからない」
アランが答えると、若者はアランの言葉が理解できない様子で、首を傾げた。
(そうだ、こっちはイヤホンで翻訳できても、相手に日本語は通じないか)
アランは看守から見えない死角に行き、ジェスチャーで英語を聞き取れるが話せないことを説明した。
「じゃあ、こっちの話はわかるけど話せないってことか?」
若者の質問に頷くアラン。
若者は一瞬考える仕草をしてから、ぽつぽつと話し始めた。
「俺の名前はカルム。アフリカ南部にあったランヴァマ王国の首相、クリフ·バーンの息子だよ。俺以外の親族は、ネズミとテロリストに殺されたんだ。あのネズミの大群は、本当に悪夢だった。街に大きなネズミが現れるようになったと思ったら、あっという間に増えて人間を襲うようになったんだ。パンデミックの対応で疲弊していた政府には、とても抑えきれない数のネズミだった。俺はちょうどEUに留学の予定があったから、なんとか免れたけど、兄弟はみんな食われたよ。草原を埋め尽くすネズミのことは、一生忘れられない」
カルムはそこで言葉を切ってため息をついた。
アランはゴクリと息を飲む。
(アフリカに現れたネズミの数は、日本よりずっと多かったみたいだな)
アランがかける言葉も見つからずにいると、銃を持った看守二人に連れられて行く森田の姿が見えた。
「班長!」
アランは鉄格子に飛びついて思わず叫んだ。
森田はちらりとアランを見たが、無言のまま監獄の前を通り過ぎた。
「彼は君の知り合いなんだね。残念だけど、そろそろ余興の時間だ。彼はもう、戻らないと思う」
カルムはそう言って目を伏せた。
アランは言葉を失い、その場に固まった。
◆
「おい、お前達の目的はなんだ?なんでこんなことをするんだ!?」
監獄の中から、森田は看守の男に話しかけた。
眠そうにあくびをしていた看守は、大して興味もなさそうに目をこすりながら答えた。
「んぁ?人類は増え過ぎたらしいぞぉ。だから減らす必要があるんだとよ」
「どうやって?これから何をするつもりだ?」
「んなことお前に関係ないだろ」
「さっきの男が言ってたドゥニア殲滅戦って言うのはなんだ!?ナモスタンがドゥニアを裏切るってことか!?」
森田の言葉にイラついた看守が、足踏みして大きな音を立てた。
「っせーんだよ!今ここで殺してやってもいいんだぞ!!」
看守が立ち上がったところで、もう一人の看守がやって来た。
「おーい。余興の時間だぞ〜」
「お!やっと時間か!ほら出ろ!お楽しみの余興だぞ」
看守二人が森田を監獄から出し、通路を歩かせた。
森田はアランの前を通って監獄施設を抜けると、開いた鉄格子の前にコロシアムのような施設が広がっていた。
コロシアムの中央付近に立たされた森田は、広場上部の観客席を見回した。所々にいる衛兵が、森田に銃を向けている。
(今逃げるのは得策じゃないか)
正面奥の鉄格子が、音を立てて開いた。すると中から出てきたのは、大ネズミよりも更に大きいサイズのライオンだった。
ライオンはやたら立派なたてがみを生やし、口から大きな牙が見えている。どうやら、遺伝子操作されて大きくなったライオンのようだった。
広場上部の座席には、後藤やエリック、デニスなどの人々が飲食しながら、森田とライオンの様子を楽しそうに見ていた。
「趣味の悪い余興だな」
余興の趣旨を理解した森田は、そう呟いて身を構えた。
不利なことに、森田には振るう剣も盾もない。後藤達は、森田がライオンに食われることを前提としているようだった。
遥か奥にいたはずのライオンが、森田に向かって一直線に走って来る。森田はライオンが目の前に迫ったところで身をかわし、ライオンの横腹にしがみついてから背中に上った。
驚いたライオンが体を揺さぶろうとしたその時、森田がライオンの首に腕を回して首を思いっ切り強く締めた。息苦しくなったライオンが動きを止めると、その様子に苛立った後藤が近くの衛兵に何かを告げた。
すると、先ほどライオンが出てきた鉄格子から今度はライオンより更に大きいサイズのサーベルタイガーが出てきた。
どうやら、絶滅したはずのサーベルタイガーを遺伝子操作によって復元したようだった。
サーベルタイガーはライオンと対峙すると、お互いに距離をとって威嚇し合った。
ライオンがサーベルタイガーに飛びかかる前に、森田はライオンから飛び降りて距離をとった。
ライオンはサーベルタイガーの前に飛びかかったが、サーベルタイガーは長い牙でライオンの顔に噛み付いた。
サーベルタイガーとライオンの激しい戦闘が始まり、互いに傷だらけになった末にサーベルタイガーがライオンの腹に噛みついて、ライオンがダウンした。
するとサーベルタイガーは森田にターゲットを移し、今度は森田に襲いかかってきた。




