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獣乱のゲノム  作者: 大野 響


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ドゥニア

 暗闇の中、うつろな表情で更に暗い方へ向かって歩くミラン。暗い場所には、魑魅魍魎のようなものが見える。

 ミランがそちらへ吸い寄せられていると、どこからともなくやってきた瞬が、笑顔でミランの手を握った。


 瞬に会って喜ぶミラン。明るい方へと走る瞬に連れられ、ミランも一緒に走った。

 瞬は明暗の境界線で立ち止まり、ミランを明るい方へと押し出した。

 ミランが瞬のいる暗い方へと戻ろうとすると、怒った顔をしてもう一度ミランを明るい方へと押した。

 涙を流すミランに、笑顔で手を振る瞬。

 次の瞬間に、瞬も暗闇も消えてしまった。



 病院の個室の中、祈るように手を組んでイスに座っているアラン。

 その隣で、ティーカップに紅茶を注ぐ母の文香。

 二人の前には、目を閉じてベッドに寝ているミランの姿があった。

 突然、ミランの目が閉じた状態のまま一筋の涙が流れた。それに気付いたアラン。

「ミラン!?母さん、ミランが!」

 ミランの変化を文香に伝えるアラン。

「え、まぁ!ミラン!聞こえる!?」

 アランと文香がミランに向かって声をかけると、ミランのまぶたがゆっくりと開いた。


「ミラン!!」

 両目から涙を流して、ミランの生還を喜ぶアランと文香。

 目が覚めたミランは、二人を見てわずかに微笑んだ。

「良かった、5日も目覚めないから、ずっと心配で···」

 文香は袖で涙を拭った。

「5日···そっか···。私、戻ってきたんだね」

「そうだぞ!医者呼んでくる!」

 アランが席を立つと、ミランはまた目を閉じて眠ってしまった。

 


 ミランが再び目を覚ますと、夕暮れになり病室のカーテンを閉じる文香がいた。

「···アランは?」

 ミランは問いかけた。

「あら、起きたのね。アランは獣衛隊の仕事があるからって行っちゃったわ。まだお腹も治ってないのに···。ねぇミラン、もう家に戻ってきたら?こんな危ない仕事、女の子がやる必要ないわよ」

 文香はミランの下へ歩きながら言った。

「···危ない仕事は、全部男の人に押しつけていいの?」


「そうじゃないけど···ごめん。時代遅れなこと言っちゃったわね。やっぱり、お母さんよりミランのほうがしっかり者ね。本当はね、寂しかっただけなの。二人とも、急に自立しちゃったから」

 文香は淋しげな顔をした。

「あんまり連絡してなくてごめん。落ち着いたら、家にも帰るよ」

「ありがとう。···二人がいなくなってから、久しぶりにお父さんのこと思い出してみたの。ほら、前にミランも知りたがっていたでしょう?あの時は二人に急に羽根と針が生えて、お母さんも頭が真っ白になってたから。それでね、思い出したの。お父さんが、まだいた頃のこと」

 そう言って、文香はバッグからスマホを取り出した。ミランに見せたその画面には、30代前半に見える男性の顔が写っていた。


 ミランは上半身を起こしてベッドに座った。

「これが、お父さん?」

 ミランが言うと、文香は頷いた。

「いくら待っても帰ってこないことが辛くて、他の写真は全部捨てちゃったの。でも、昔のデータを見直してみたら、これだけは残ってた。似てるでしょ?アランに」

「うん」

「今思い返してみると、あの人は初めて会った頃からずっと、何かに怯えていた気がするのよね。夜だって、いつも電気をつけたまま寝ていたし。たまに、夢でうなされてることもあったの。でも、理由を聞いても教えてくれなかった。私が頼りないせいかと思ってたけど、もしかしたら、誰にも話せないくらい思い詰めていたのかも」


「そうだったんだ···。お父さんって、昔アフリカに住んでなかった?」

「アフリカ?そんな話は聞いたことないわ。でも、住んでたことはあるかもしれないわね。お父さんの父親は、外交官だったらしいから。子どもの頃は、色んな国で育ったって聞いたわよ」

「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの?」

「お父さんは、T大出身の研究者だったのよ。お母さん、自分の学歴にコンプレックスがあったから、お父さんみたいな人が眩しく見えたの。それでお互いよくわからないまま結婚して、気付いたらいなくなっちゃった···。まさか、ミランにこんな話ができる日が来るなんてね。ふふ。時間が経ったのね」

 懐かしそうに笑う文香。


「そうだったんだ···」 

「ああ、そうそう。ドゥニア、だったかな。お父さんが、寝言でそう言いながらよくうなされてたのよね。聞いたことない言葉だから、ビジネス用語か何かかなって思ってたけど···お父さん、何が言いたかったのかな」

「ドゥニア···」

 ミランは小声で呟いた。



 病室で、病衣から獣衛隊のスーツへと着替えるミラン。

 そこへ、白衣を着た小太りな医者が入ってくる。

「やぁ、もう退院するんだって?」

「はい。担当の医者(せんせい)からも許可を頂きました」

 ミランは冷静な声で答えた。

「ふーん。レーザー銃に撃たれた患者が、まさかこんな短期間で退院できるとはね。すごい体してるよね。その羽根も驚きだが、再生能力も相当なものだよ。ウーパールーパー並じゃないか。是非、その細胞と遺伝子を僕の研究に提供してもらえないかな?協力してもらえるなら、報酬は弾ませてもらうよ」

 小太りの医者の目が、いやらしく光った。興奮気味に鼻息を荒くし、手指を気持ち悪く動かしている。


 ミランは無表情のまま、病室にあった自分の剣を手に取り、鞘から少し抜き出して医者の首筋に近付けた。

「この剣は、ネズミも人もよく切れるんです。試してみます?」

「い、いや、僕の細胞は大したものじゃないから」

 医者が焦った様子で言った。


「ミラン、用意できたか!?」

 タイミングよくやって来たアランが、ミランに声をかけた。

「お待たせ。行こう」

 ミランは荷物を背負って言った。

「おう!」

 病室を出て行く二人。

 うろたえた顔で手を伸ばしている医者。


 「傷、痛まないか?」

「もう大丈夫。瞬が私を助けてくれたから」

 暗闇から手を振る瞬の姿を思い出すミラン。

(瞬、ありがとう。私、生きるよ。あなたがそれを望んでくれたから)

 どこか晴れ晴れとした表情で、微笑むミラン。

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