ドゥニア
暗闇の中、うつろな表情で更に暗い方へ向かって歩くミラン。暗い場所には、魑魅魍魎のようなものが見える。
ミランがそちらへ吸い寄せられていると、どこからともなくやってきた瞬が、笑顔でミランの手を握った。
瞬に会って喜ぶミラン。明るい方へと走る瞬に連れられ、ミランも一緒に走った。
瞬は明暗の境界線で立ち止まり、ミランを明るい方へと押し出した。
ミランが瞬のいる暗い方へと戻ろうとすると、怒った顔をしてもう一度ミランを明るい方へと押した。
涙を流すミランに、笑顔で手を振る瞬。
次の瞬間に、瞬も暗闇も消えてしまった。
◆
病院の個室の中、祈るように手を組んでイスに座っているアラン。
その隣で、ティーカップに紅茶を注ぐ母の文香。
二人の前には、目を閉じてベッドに寝ているミランの姿があった。
突然、ミランの目が閉じた状態のまま一筋の涙が流れた。それに気付いたアラン。
「ミラン!?母さん、ミランが!」
ミランの変化を文香に伝えるアラン。
「え、まぁ!ミラン!聞こえる!?」
アランと文香がミランに向かって声をかけると、ミランのまぶたがゆっくりと開いた。
「ミラン!!」
両目から涙を流して、ミランの生還を喜ぶアランと文香。
目が覚めたミランは、二人を見てわずかに微笑んだ。
「良かった、5日も目覚めないから、ずっと心配で···」
文香は袖で涙を拭った。
「5日···そっか···。私、戻ってきたんだね」
「そうだぞ!医者呼んでくる!」
アランが席を立つと、ミランはまた目を閉じて眠ってしまった。
◆
ミランが再び目を覚ますと、夕暮れになり病室のカーテンを閉じる文香がいた。
「···アランは?」
ミランは問いかけた。
「あら、起きたのね。アランは獣衛隊の仕事があるからって行っちゃったわ。まだお腹も治ってないのに···。ねぇミラン、もう家に戻ってきたら?こんな危ない仕事、女の子がやる必要ないわよ」
文香はミランの下へ歩きながら言った。
「···危ない仕事は、全部男の人に押しつけていいの?」
「そうじゃないけど···ごめん。時代遅れなこと言っちゃったわね。やっぱり、お母さんよりミランのほうがしっかり者ね。本当はね、寂しかっただけなの。二人とも、急に自立しちゃったから」
文香は淋しげな顔をした。
「あんまり連絡してなくてごめん。落ち着いたら、家にも帰るよ」
「ありがとう。···二人がいなくなってから、久しぶりにお父さんのこと思い出してみたの。ほら、前にミランも知りたがっていたでしょう?あの時は二人に急に羽根と針が生えて、お母さんも頭が真っ白になってたから。それでね、思い出したの。お父さんが、まだいた頃のこと」
そう言って、文香はバッグからスマホを取り出した。ミランに見せたその画面には、30代前半に見える男性の顔が写っていた。
ミランは上半身を起こしてベッドに座った。
「これが、お父さん?」
ミランが言うと、文香は頷いた。
「いくら待っても帰ってこないことが辛くて、他の写真は全部捨てちゃったの。でも、昔のデータを見直してみたら、これだけは残ってた。似てるでしょ?アランに」
「うん」
「今思い返してみると、あの人は初めて会った頃からずっと、何かに怯えていた気がするのよね。夜だって、いつも電気をつけたまま寝ていたし。たまに、夢でうなされてることもあったの。でも、理由を聞いても教えてくれなかった。私が頼りないせいかと思ってたけど、もしかしたら、誰にも話せないくらい思い詰めていたのかも」
「そうだったんだ···。お父さんって、昔アフリカに住んでなかった?」
「アフリカ?そんな話は聞いたことないわ。でも、住んでたことはあるかもしれないわね。お父さんの父親は、外交官だったらしいから。子どもの頃は、色んな国で育ったって聞いたわよ」
「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの?」
「お父さんは、T大出身の研究者だったのよ。お母さん、自分の学歴にコンプレックスがあったから、お父さんみたいな人が眩しく見えたの。それでお互いよくわからないまま結婚して、気付いたらいなくなっちゃった···。まさか、ミランにこんな話ができる日が来るなんてね。ふふ。時間が経ったのね」
懐かしそうに笑う文香。
「そうだったんだ···」
「ああ、そうそう。ドゥニア、だったかな。お父さんが、寝言でそう言いながらよくうなされてたのよね。聞いたことない言葉だから、ビジネス用語か何かかなって思ってたけど···お父さん、何が言いたかったのかな」
「ドゥニア···」
ミランは小声で呟いた。
◆
病室で、病衣から獣衛隊のスーツへと着替えるミラン。
そこへ、白衣を着た小太りな医者が入ってくる。
「やぁ、もう退院するんだって?」
「はい。担当の医者からも許可を頂きました」
ミランは冷静な声で答えた。
「ふーん。レーザー銃に撃たれた患者が、まさかこんな短期間で退院できるとはね。すごい体してるよね。その羽根も驚きだが、再生能力も相当なものだよ。ウーパールーパー並じゃないか。是非、その細胞と遺伝子を僕の研究に提供してもらえないかな?協力してもらえるなら、報酬は弾ませてもらうよ」
小太りの医者の目が、いやらしく光った。興奮気味に鼻息を荒くし、手指を気持ち悪く動かしている。
ミランは無表情のまま、病室にあった自分の剣を手に取り、鞘から少し抜き出して医者の首筋に近付けた。
「この剣は、ネズミも人もよく切れるんです。試してみます?」
「い、いや、僕の細胞は大したものじゃないから」
医者が焦った様子で言った。
「ミラン、用意できたか!?」
タイミングよくやって来たアランが、ミランに声をかけた。
「お待たせ。行こう」
ミランは荷物を背負って言った。
「おう!」
病室を出て行く二人。
うろたえた顔で手を伸ばしている医者。
「傷、痛まないか?」
「もう大丈夫。瞬が私を助けてくれたから」
暗闇から手を振る瞬の姿を思い出すミラン。
(瞬、ありがとう。私、生きるよ。あなたがそれを望んでくれたから)
どこか晴れ晴れとした表情で、微笑むミラン。




