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第26話 お説教たいむ

【遠つ国日記 慶長十七年六月二十二日】


 州都にて、「鹿()と名乗る公子に出会う。年は我と近く、立ち姿は凛々しい。言葉は少なれど、どこか飄々とした調子があり、人を和ませもする。されど敵を前にすれば微塵も退かぬ胆力を示し、その落差こそ面白く、また頼もしきものと感じた。短き交わりながら、不思議と心に残る人物である。


 その姿に、かつての細川忠興公を思い出す。公は我が剣を見込み、指南役として召し抱えてくださった。若き身には過ぎたる誉れであり、日々励みともなった。


 忠興公は気性激しく、叱責の声も雷のごとしであったが、武を尊ぶ心は揺るぎなかった。初めの頃は互いに通じ合うものもあった。だが忠興公には常に底知れぬ計らいがあり、彼の沈思と行動の理由は、時に我には一歩及ばぬ深さを帯びていた。刃の教えと同じく、人を試す言葉や仕草に隠れた狙いを悟るには年輪が要る。


 しかし、何故か、突然、()()()を覚えるようになったが、その訳は知らぬままである。

———【了】


 五郎は、小次郎が「行くぞ」と言ったとき、臆病風に吹かれて逃げ出したことに後味の悪さを感じていた。夜も更け、辺りが静まりかえると、その後悔は増すばかりであった。


「けっ、しゃーねぇだろ、俺は犬だし!」


 一人、星空に向かって言い訳していると、突然、巫女が現れた。


「うわっ、びっくりした! いつも突然すぎるぜ。手紙でもよこしてから来いってんだよ! ……ま、冗談はさておき、なんだい?」


「なんだいじゃないわ。あなた、敵前逃亡したでしょう? 大姫様がお怒りよ。改めないと百年、人に戻れないって仰ってたわ」

「百年? マジかよ、犬なのに百年か……」


 五郎は目をつぶり、天を仰ぐ。


「けどよ、こんなチビ犬で侍に立ち向かえってのは無理ってもんだ。もっとこう……熊とか虎みたいにデカくなれりゃ、火の中水の中、どこだって突っ込んでやるぜ!」

「性根が臆病だから無理ね」

「おいおい、そこまで言わなくてもいいじゃねぇか! だいたい、貰ったの鼻だぜ鼻! 何の役に立つんだよ!」

「五郎! その鼻は大姫様からの授かりもの。その授かりものに『何の役に立つ』とは、神威を侮辱する言葉。恐れ多さを知りなさい!」


 さらに説教が続こうとしたので、五郎は慌てて耳を伏せた。


「わーった、わーった! ……ちぇっ、現世のかかぁでもここまで諄くなかったぜ」

「なんですって?」

「いや、なんでもねぇ! ……けどよ、あの騎士同士の乱戦、どうすりゃ良かったんだ? 俺は柴犬だぞ」


”俺の足は逃げるためじゃねぇ。渡すものを迅速に届けるためにあるんだ!”


「小次郎はちゃんと考えていましたよ」

「うーん……」

「そもそも、あなたの考え方は――」


 その夜、五郎は巫女に夜通し説教を浴び続け、ろくに眠れなかった。


◇ ◇ ◇


 翌朝。ギルド指定の宿の前で、小次郎とベルグランを待ち受ける五郎の姿があった。目の下に隈をつくり、ぐったりした様子である。小次郎は説教してやろうと思っていたが、昨晩のことを聞いて同情した。


「約束は守るものです。守れぬ者は信を失うわ」

「人は一人きりで生きていけないの。互いに助け合ってこそ、人の世は回るのです」

「怠け心を言い訳にしてはなりません。まじめに向き合いなさい」


 そんな調子で延々と叱られ続けたと聞けば、小次郎は思わず袖姉の説教を思い出した。


「分かった。俺も反省すべきところはある。もともと町人だったお前を争い事に連れて行ったのは不味かった」

「いや、まあ、そう改まって言われちまうとなぁ。前世じゃよ、啖呵切って歩いてたけど、喧嘩はからっきし駄目だった。逃げ足だけが取り柄でな。それで、その足を活かして飛脚やってたんだぜ、くくっ!」


 こうして、小次郎が犬に語りかけている姿を見て、通行人は足を止めた。柴犬が首をかしげたり頭を下げたりする様子は可愛い。だが「犬に真剣に話しかける主人」という光景は奇異に映ったらしく、すぐに人だかりができかける。


「あー、旦那様は犬っこの躾してるだけだべ! 決して旦那様がおかしいわげじゃねぇす!」


 ベルグランが見物人をいなす中、小次郎と五郎は話を続けていた。


「巫女に言われちまってな、鼻の価値を自分で見つけろって。それで気づいたんだ。この鼻、とんでもねぇ嗅ぎ分け力だ。誰かの臭いをたどろうと思えば、煙みたいな線になって見える。それが雨でも雪でも風でも消えねぇ。たどれば、立ち寄った場所が丸わかり、手紙も届けられるって寸法さ!」

「ほう、俺の左目と同じようなものだな」


 小次郎は五郎には左目のことを打ち明けていた。


「でよ、誰かに届けたい手紙はあるか?」

「ウェリスの容態が気になるし、ここに着いたことをプエラとエスタに知らせたい。アロン村から州都まで、四日かかったから、そのくらいか?」


「おう、人の足で四日、俺なら半刻だぜ。『()()()()()()』って二つ名は伊達じゃねぇぜ!」


 五郎は胸を張り、尻尾をぶんと振った。


「半刻だって? お前、盛っているだろ?」

「いやいや、何故か、この世界じゃ妙に脚が速くてな。それと、渡すべき『文』を持てば、足が勝手に火ィ噴くんだ」


 小次郎は“俺の縮地と神影瞬歩みたいなものか”と心の中で思った。


「じゃ、ちょっと文をしたためるから待ってろ」


 小次郎は宿に戻っていった。


「あー、そこの人だぢ! 見世物、終わりっす! 宿屋さ迷惑かがるから、移動してけろ!」


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