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第25話 狼と鹿 其の二

 陽が傾き、影が長く伸び始めた。赤く染まった屋敷の庭は、これから始まる闘争を予見しているかのようである。


“相手は二十数人。厄介なのは向かいの建物の上と櫓の飛び道具。それと魔法。魔法が使える奴がどのくらいいるかだ”


 小次郎は屋敷から出る前に警戒した。


「ベル、パスコ先生の魔導書を持って、手はず通りにな。俺が合図したら、一目散に屋敷から出ろ。落ち合う場所はギルドだ。いいな?」


「ハイです」


 ベルグランは魔導書を背嚢に入れ、中盾を左手に持った。その時、敵方の役人どもがしびれを切らして叫んできた。


「「「大人しく、エリオット王子を解放しろ」」」


“なるほど、解放ときたか。賊呼ばわりしないだけでも、一応、君臣の別はわきまえているらしい”


「縁あって、鹿殿に加勢いたす。痛い目に遭いたくなければ、さっさと立ち去れ」

『鹿殿?』と役人たちは小声で囁き合い、揃って首を傾げる。


「お前は誰だ?」

「孤高の狼」


 小次郎は長光を抜き、下段に構えた。一人で迫る狼に兵たちは気圧された。じりじりと歩み寄る小次郎。彼らは横に広がり、包囲を試みる。


“重装の鎧に中盾が三人。その後ろに外套と帽子の男が一人。軽装十六。屋根と櫓には弓手……なるほど、魔法使いを守る陣形か。パスコ先生が言っていた古典的な陣形だ。ならば大した使い手ではない”


 その時、左上の櫓と正面の建物から赤い光線が走った。続いて矢の幻影、そして実体が飛んでくる。


“遅い。プエラの矢に比べれば雲泥だ”


 二の矢、三の矢もすべて弾き落とす。矢が通じないことに、軽装兵が一瞬たじろいだ。


“切り込んでこない……あれを待っているな”


 重装兵の背後で魔法紋が描かれ始める。乱戦を避けているのは同士討ちを恐れてのことだろう。


“しかし、これも遅い。未熟だ”


 光の線が宙をなぞり、紋を形作っていく過程が小次郎の目に見える。未熟者ほど遅いのだ。


 小次郎は縮地を使い、重盾の隙間へと滑り込んだ。騎士たちの目には、小次郎の姿が最初からそこにいたかのように見えた。瞬きの間に現れた小次郎に、魔法使いは驚愕の顔を見せ、そのまま後ろに引き倒される。振り向きざま、重装兵の膝裏を斬る。壁のような防御は崩れ、兵は膝をついた。それを合図に屋敷の騎士たちも飛び出し、乱戦となった。


「ベル、走れ!」


 小次郎は叫び、行く手を遮る者を容赦なく斬り払う。


「ウォォォーーーッ!」


 ベルグランは盾を前に突進し、敵を弾き飛ばした。盾で道を切り開くのは、小次郎と共に磨いた技だ。


「よくやった」


 小次郎は声をかけ、ベルグランが屋敷を抜けるのを見届ける。振り返った瞬間、建物から矢が再び飛んできた。


“うっとうしい”


 睨みつけた先、鉤縄で屋根に上る影が見えた。


“門前のひったくりか。先ほどの口笛はひったくりの準備が出来た連絡だな。鹿殿の指示だろう”


 弓手はまもなく制圧されるだろうと思い、小次郎は鹿の方へ視線を移す。そこでは魔法紋が現れ、火花のように魔法が飛び交っていた。


“鹿の騎士も相手も、浅い魔法を使う。だが剣筋は甘い”


 群がられている鹿に小次郎は声をかける。


「鹿殿、手を貸そうか?」

「助かる。此奴らには骨が折れる」


 小次郎が魔法使いと重装兵を斃した時点で勝敗は決していた。だが敵は必死だった。


「役人ども、孤高の狼が相手だ!」


 小次郎の声に兵たちが一斉に振り向く。重装兵を瞬時に斬った剣士を前に、もはや破れかぶれだ。叫びながら殺到する。


 長光が、水が低きに流れるように走った。兵の間を縫い、小次郎が通り過ぎた後には剣が地に落ちていた。


◇ ◇ ◇


「鹿様、新手が来る前にお引き上げを」


 隊長が跪いて諫める。律儀に『鹿』を貫く姿に、小次郎は思わず可笑しさを覚えた。


「わかった。さて狼殿。貴殿の剣さばき、夢でも見ているかと思ったぞ。礼は必ず後日したい。貴殿のような剣士が、またこの国に必要になる。その時まで、このガウンは貸しだ。返すために、また会いに来い。ハハハハ、さらば」


 鹿は数人の騎士を連れて屋敷を去った。


「狼様。私も、剣をご指導いただきたい」


 隊長が片膝を突いて頭を下げる。


「いやいや、拙者は一介の用心棒で御座る。さらば、ハハハハ!」


 小次郎の笑い声が、暗くなった道に溶けていった。


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