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弥生大学法学部

「大体、テレビ局が6局しかない。だから影響力が強い。それでもチャンネルを増やせば濃度が薄まって、その分、影響力が弱くなるだろう。テレビ局は簡単だ。問題は学界だな。こっちは厄介だ。あいつら頭いいからな。質が悪い」

砂岡は不満気に吐き捨てた。


 当時の主要地上波テレビ局は6局の7チャンネルしかなく、国民はその限られたチャンネルの中で番組を選ぶしかなかった。

 限られたチャンネルであるため、左傾化したテレビ局からのメッセージを市長はそのまま受け止めてしまう。結果、左傾化した世論を形成させる要因となっていた。

 これに対抗するために左傾化したチャンネル以外に衛星放送でチャンネルを増やす。そうすれば、左傾化したチャンネル以外の視聴機会を視聴者は得る。それによって、左翼のメッセージを受ける時間を少しでも減らし、世論の左傾化を食い止める。


 砂岡の憤りは、まだ続いた。

「とにかく忌々しいのが、弥生大学法学部だ。あいつらは本当に忌々しい奴らよ」

砂岡は過去の経緯を思い出したのか怒りを露わにして言った。


 話は第一次オイルショックで首都機能移転から千葉学研都市に計画変更になったときに遡る。東京都内にある研究所や大学などを移転させようとした。東京都内にあった政府系研究機関・省庁大学校・国立大学の多くを移動させようとした。

 そして、それを呼び水として民間の研究機関も誘致し、一大研究都市にしようとした。それによって学研都市の土地価格が上昇して、土地のオーナーである京葉電鉄や砂岡のダミー会社に多大な利益を与える。


 その中で最大の目玉が日本の最高学府とされる国立大学弥生大学の移転であった。これを学研都市に移転させれば、学研都市を権威付けさせ都市の価値(有り体に言えば地価)を極大化させることが期待できた。

 弥生大学とはある程度の交渉は進んでいた。大型の実験装置を必要する理学部や工学部は賛同を得ていた。そもそも、これらの学部は装置の設置に場所を取り、都内では限界があった。当然、これらの学部にも反対者は少なからずいたが、それらは「研究費」を掴ませて転がした。


 砂岡は都内に広大な土地を有する弥生大学の土地を売却することで、土地を有効利用させ税収を増やそうとした。当然、それに関わる利権も食い込むつもりである。例えば複数以上の大規模ビルのゴミ利権であれば、年に数千万円を利益は得られる。

 更に大学の跡地に墨田鉄道の日光本線と池袋線を接続させて、交通の便を改善させようとした。墨田鉄道の都内でのターミナルが日光本線浅草駅と池袋線池袋駅と大きく離れている。これを双方延伸させて、大学跡地に接続することで利便性を上げ、更に地価や利権を膨らませる。

 時は大霞ヶ関ビルヂングを皮切りに西新宿などで高層ビルが立ち並ぶようになった時代である。高層ビルが立ち並ぶ未来都市に利権を貪る。そんな夢に溢れる絵図が砂岡にあった。

 しかし、未来都市の夢と利権が法学部による反対で消えた。そして砂岡は公憤と私怨を持つようになった。


 法学部は頑強に反対をした。彼らは、「引っ越しの手間」「通勤の不便さ」「苦学生のバイト先のなさ」「東京という知的空間の重要性」などを並べ立て反対した。これらは表向きの理由であって彼らは理系の学問と違い場所をそれほど必要としないため、移転によるメリットがなかった。それより自分たちの政治的影響力が移転によって弱まることを嫌った。

 政府の中枢が集まっている東京から離れることで国会・官界に対して影響力が弱まるだけでなく、テレビ新聞雑誌のマスコミの中枢から離れることで、自身の発言力や影響力が下がることを嫌った。何より、彼ら自身が首都から離れる権威の低下を嫌った。

 彼らの政治力は極めて強く、政官財に働きかけるだけでなくマスコミにも働きかける。特にマスコミの攻勢は激しく、弥生大学移転のデメリットと一部政治家の利権と喧伝した。

 結局、彼らの工作が功を奏し弥生大学の移転にならなかった。砂岡はこれに対して激しい怒りを持った。


 これは砂岡にとっては大きな機会損失であり激しい私怨を持つが、同時に激しい公憤も持った。都内の希少な土地を有効利用することで税収を増やそうとしたからである。何より、有効利用できる者に利用させ儲けさせることが公益に適うと砂岡は考えていた。儲けるということは、それだけ多くの者に対して貢献している証でもある。

 つまり砂岡の目からは、弥生大学法学部こそ大学を私物化して公益に反していると映った。そこに激しい公憤を生じさせたのである。


 こうして砂岡は私怨と公憤がない交ぜになった復讐心を持つようになった。しかし具体的な復讐方法は、まだ思いついていなかった。

 それが運輸大臣になったときに事態が変わる。運輸大臣として気象衛星の説明を受け、合わせて通信衛星や放送衛星の説明も受けた。

 そこで復讐のインスピレーションを思い浮かんだ。衛星放送で法学部の授業を無料で放送すれば権威のベールを剥すことができると思い至ったのである。


 権威というのは一般にある程度、秘密のベールに包まれていることによって形成維持される。民衆はそのベールの向こうが分からないが故に畏怖を感じるものである。逆に言えば、中身を見せれば詰まらないものと感じるようになる。

 そうすれば彼らの力を弱め、再び移転に向けての工作活動ができるようになる。何より砂岡の復讐心を満たすことができる。尚、砂岡が原子力関連の学生向けに奨学金を整備するのは、法学部の反対論であった「苦学生のバイト先がなくなる」の対抗という意味もある。


 運営としては放映する講義の著作権は自由とする。放映された内容を第三者が自由に配布できるようにする。その代わり、講義を衛星放送で受講しても卒業資格は得られない。

 秘密のベールを剥いで権威を失墜させることが目的であるため、それで利益を得ることなど考えていない。その代わり放送するための費用は、娯楽色の強いチャンネルと番組で賄うとした。


こんな砂岡個人の私怨と公憤がない交ぜになった新事業を石山は引き受けさせられたのである。

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