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常磐新幹線部分開業

 石山が砂岡の分身として、関西における新空港建設の地均しをしたころ、1981(昭和56)年6月26日に常磐新幹線が暫定開業した。開業区間は東京駅―舞波駅―千葉学研都市駅―関東国際空港駅の71.1kmである。東京駅と関東国際空港駅間の所与時間はノンストップで最短40分である。

 今後、更に延伸することになっており、建築工事は継続していた。関東国際空港より東は福島県の浜通り地域へ、東京駅より西は新宿駅へ向かい東北・上越新幹線と接続して直通乗り入れることになっていた。


 常磐新幹線は東海道新幹線・山陽新幹線に続いて3本目に建設された新幹線である。オイルショック対策で総需要抑制が行われた中でも、常磐新幹線の建設は国家の最優先事項として続行された。最優先された理由には幾つかある。


1.国際および国内交通の最重要拠点

 関東国際空港は国際線として日本の玄関としての役割だけでなく、新幹線と競合しない国内線も担っていた。よって、首都圏と各地方を結ぶ当空港は全国規模の交通の要であり、アクセス性の向上は何よりも優先しなければならなかった。


2.原子力発電所建設のための見返り

 茨城県と福島県沿岸に原発を大量に建設するため、地元に見返りとしてインフラ整備が行われ、新幹線はその一環である。この見返り事業の成否が今後全国で行われる原発建設の命運を決める試金石であった。


3.千葉学術研究都市のアクセス線

 元々、千葉学術研究都市は新首都として構想されたが、遷都がなくなり大幅にスケールダウンした学術研究都市として建設されたものである。

 東京都心の大学や研究所を当該都市に移転させる際に、東京から離れることを嫌がる大学や研究所の研究者が続出した。その者たちを説得するため、新幹線によるアクセス性向上を交渉材料に使った。彼らの移転促進させるためにも必要であった。


4.京葉電鉄の東京ドリームユートピア事業

 この常磐新幹線は京葉電鉄の強力な協力があって実現した。路線の土地の殆どは京葉電鉄のものであり、そこを日鉄が賃借料を京葉電鉄に支払って借りていた。よって賃料分の稼ぎを急ぎ行わなければならなかった。

 更に京葉電鉄がこれから千葉県東京湾岸に開業運営するテーマパーク「東京ドリームユートピア」で、当該新幹線はアクセス線として使われることになっていた。

 つまり、協力者にして土地のオーナーである京葉電鉄に利益を還元しなければならなかった。


 常磐新幹線の開業式典が東京駅地下深くにある常磐新幹線ホームで行われた。式典には運輸大臣の砂岡を筆頭に運輸省や日鉄の主要幹部が居並ぶ中、京葉電鉄の社長里見長治も賓客として出席していた。

 空港アクセス鉄道の競合相手ではあるが同時に新幹線の用地を貸しているオーナーで最大の協力者であった。よって賓客として招待された。

また前述の通り、常磐新幹線の受益者の一人である。その利益は空港アクセス鉄道での売り上げ減以上のものが得られることが、ほぼ確実であった。


 それに京葉電鉄は新幹線に全く対抗しない訳でもなく、強かな対抗策も取っていた。速度では上野駅から関東国際空港駅までノンストップで60分と対抗できないため、営業範囲を広げることで対抗した。

 具体的には京葉電鉄と都営地下鉄浅草線そして太平洋急行品川本線を結んで、横浜・横須賀方面から関東国際空港にアクセスできるようにした。これは常磐新幹線の路線と被らないルートで集客するためである。更に京葉電鉄は路線の一部区間を高架複々線化や新線県線で安全性向上・輸送力増強・速度向上を目指した。

 この時点において高架複々線化は実現していないが横浜・横須賀方面からのアクセスは実現しており、横浜駅から関東国際空港駅までは1時間45分で結べるようになっていた。

 また常磐新幹線建設で協力をしている京葉電鉄のため、砂岡は東京都と太平洋急行にも路線改良を強く要請した。東京都には都営地下鉄浅草線の急カーブになっている箇所を緩くし、退避駅を設ける。太平洋急行には太平洋急行横浜駅の改良と一部区間の複々線化である

 今後、これらの施策が進めば横浜駅から関東国際空港駅まで1時間20分になる予定である。こうして常磐新幹線とは今後も十分に張り合える体制を整えつつあった。


 テープカットが行われる。鋏を入れるのは、運輸大臣砂岡を始め日鉄総裁戸川豊や東京都知事稲村泰一、そして路線用地の殆どを貸している京葉電鉄社長里見である。

 競合している会社の社長が競合する路線の記念テープカットをするという、前代未聞の光景がそこには広がっていた。


 午前7:30テープカット、東京駅発下り関東国際空港行き「あおぞら10号」が出発した。当然、記念式典であるため、出席者は表面的に和やかな雰囲気だった。しかし、水面下で運輸省と日鉄との間で厳しい緊張状態にあった。


それが日本鉄道民営化問題である。


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