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大阪府知事

 知事の岸口栄一は青山知事府政時に自治省から送られた元官僚である。放言癖がある男で、幾つもの問題発言をした男であった。公害対策は企業の生産性を圧迫する。メダカやホタルが府税を負担してくれるわけではない」「女は本能に属するもの」などである。

 普通であれば、このような男は民衆から反感を買って知事になれる男ではなかった。しかし、前任の革新系の知事だった青山了太が事実上自滅して、棚から牡丹餅のような形で知事になれた男である。


 前任の知事青山は産業よりも福祉と環境を優先する政策を推し進める。保育所・高校・公営住宅の建設や老人医療無料化を積極的に推し進める一方で、環境規制強化を行った。

 高度経済成長で発生した公害問題や貧富の格差という歪みの解消を望んでいた府民から絶大な支持を得て、二期目も当選を果たした。

 しかし、青山は次第に府政を私物化するようになる。増設した高校の教員採用で革新系に縁故がある者を優遇して採用する。府営住宅も同様に革新系を支持しているものを優先して斡旋していった。こうして、貧困層に革新勢力を浸透させる行為に励む。それは時に強引なもので、非革新系の学生や府営住宅住民は迷惑を被るようになっていた。

 また数々の放漫財政政策を行った結果、府の財政が大幅な赤字に陥ることになった。そして帳尻を合わせるため、新税設置による増税を目論んだ。これが府民の中間層の反発を招いてしまう。

 更に同和問題の取り扱いで革新系内に深刻な対立が発生する。その対立で大阪府内の革新勢力が二分し、青山を支持する基盤が崩壊するに至った。結果、分裂した革新系が知事選にて、それぞれ候補者を立てることになり票が割れて2人とも落選する。こうして反青山以外に看板のない男であった岸口が消去法的に当選した。


 青山は知事就任後、早速財政再建に取り組んだ。真っ先に老人医療無料化は停止となり、その他数々の放漫財政を改めた。こうして財政再建を進めていったが当然府民のとりわけ貧困層の敵意を買うことにもなった。そして次の選挙では落選か、選挙前に勇退させられるかの二択になっていた。

 元より岸口を担いだ者たちは、岸口を次の選挙までの捨て石として利用するつもりだった。岸口もそれを強く感じており、自分が捨て石にされることに強い不快感を持っていた。そこで自らの政策で府 民の支持を得なければならないと考えていた。


 そこに新空港建設とモノレール建設の話が内々であるが舞い込んで来た。岸口にとって、正に渡りに船であった。新空港建とモノレールの建設運営で雇用拡大を図り、更に税収を伸ばす。あわよくば、自分に敵意を持つ貧困層を中間層に引き上げ、敵対層を小さくすることができる。岸口にとって、悪い話ではない。


 石山は岸口に接触することになった。大方針としては、砂岡と鶴田との間で話がついていた。石山の役割は、より具体的に詰めていくことだった。

 石山は岸口に地図を見せた。地図には大阪市の外周部を囲むように衛星都市間を結ぶモノレールのルートが赤い線で描かれていた。

路線距離が52.2km、ルートは伊丹空港を起点として、万博公園・東大阪市周辺・松原市周辺・そして終点の山海電鉄堺駅まで至るものである。


 当案は宝急電鉄が叩き台として作成したものである。当案の方向性は、あくまで宝急グループの利益を最大化させるためであることは言うまでもなかった。

 宝急グループとしては単に伊丹空港存続のためだけにモノレールを構想している訳ではなかった。グループの商圏であり資産が数多くある大阪北部一帯の利便性向上と伊丹空港へのアクセス性向上を図り、保有資産の資産価値を上げることが最大の目的であったのである。勿論、モノレールの利権を岸口に分配させることは怠っていない。


 岸口は石山が持参した地図を見て、一瞬で強く惹かれた。しかし直ぐに冷静になって、難しい表情になった。路線距離52.2kmという長大な路線を建設する資金をどうするのかという問題が頭をもたげたからである。

「石山さん面白い案だが、そんな建設資金なんてない。何より、これで一番儲かるのは宝急さんだけですな。宝急さんが府の金で利益を得るというのは、いささか図々しいと思えますが」

岸口は石山を睨みつけるように話した。岸口は石山から何らかの解決策を引き出そうとしていた。

「勿論、大阪府だけが資金を出す訳ではありません。宝急も出す用意はあります。また大阪の私鉄各社や沿線自治体、更には沿線の企業からも出資してもらいます。後は銀行から借り入れをすれば、建設費については何とかなります」

世にいう第三セクター方式である。とりあえず、岸口は石山の説明に納得はした。そして岸口は続けた。

「石山さん。モノレールの終着を山海電鉄の堺駅にしているのですか。一層の事、泉州の新空港まで伸ばして良さそうなのに」

岸口は資金面での不安が多少解消したためか、思い付きでより長大な路線の案を言ってきた。石山はそれに対し、

「それだと、建設費が高くなりますし、何より山海電鉄と堺市からの出資が得られません。そして今回の新空港建設においては、山海電鉄が大いに協力しております。山海電鉄に新空港の利用者を送る形で見返りを与えないとなりません」

これを聴いた岸口は、とりあえず納得した。しかし岸口は、まだ納得し切れている状態ではなかった。


 それは伊丹空港の存廃問題である。仮にモノレールを建設しても、当モノレールは伊丹空港があってのモノレールであり、新空港建設後に騒音問題で廃港となったら、赤字事業として日鉄の二の舞を演じることになりかねない。そのリスクを岸口は恐れた。

「伊丹空港あっての計画。伊丹空港がなくなったら、第二の日鉄になる。そうならない保証はありますか」

この岸口の問いに石山はすかさず

「そんなものはありません。仮に新空港が神戸沖になったら、確実に伊丹空港はなくなるでしょう。しかし泉州案であれば、まだ伊丹が残る可能性はあります。その伊丹を残すためにもモノレールによる利便性向上が必要になります」

岸口は少し考え込んで、

「分かりました。とりあえずは受け皿になるペーパーカンパニーだけは作りましょう。ペーパーカンパニーなら、金は掛からないのだから」

と言って、モノレール構想が水面下で始動することにあった。

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