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知事室

「何で新幹線建設だめに原発造らねえどいげなのが」

工藤が吼えた。

「元々、東北新幹線の建設は決まってらったのに、急さ中止になって、建設再開したげれば原発置げどいうのは、余りにも酷いど違いますか」

工藤は怒りのためか標準語でなく、生まれ育った盛岡訛りで怒りを爆発させていた。

「工藤知事、まあ落ち着いて下さい」

砂岡は工藤を落ち着かせようとした。石山は黙って、その様子を眺めていた。


 1978(昭和53)年4月、石山は京葉電鉄を抜け砂岡の下にいた。そして、石山は日本全国の原発建設の裏工作を担うことになる。砂岡が科学技術庁長官として推し進めている原子力政策の一環である。

 実際に用地買収を行うのは電力会社である。しかし電力会社だけでは、用地買収が難航することが予想された。そこで関東国際空港の用地買収に辣腕を振るった石山が裏工作を担うことになる。石山は挨拶と説明のため、砂岡の伴として岩手県県庁に訪れて知事室で岩手県知事工藤善光と対面した。


 1978(昭和53)年1月、イラン革命を契機とする第二次オイルショックが発生した。イランが革命によって原油の生産及び販売が停止する。それに便乗してOPECが石油価格を値上げした。

 結果、石油の入手に支障が生じ日本経済に再びダメージを受ける。この二度に渡るオイルショックにより、政府は脱石油を目指して原子力に活路を見出そうとした。


 そこで原発建設推進のため、地方に見返りを提供する。様々な見返りが提供され、代表的なものは「見返り三種の神器」と呼ばれた。高速道路、空港、新幹線である。

 政府の政策は原発を受け入れば見返りを受けられるが、受け入れなければ地方の開発はしないというものだった。当時、地方の開発は著しく遅れ、都市部との格差は甚だしいものになっていた。実際、この時期は集落の廃村が進んでいる。

 地方とすれば生き残るため、政府による開発が必要であった。政府が地方の足元を見て、原発建設しようしていた。


 この政府の態度に岩手県知事工藤は、強い不満を持った。地方をあからさまに見下した態度であり、怒りを爆発させたのである。

 そもそも岩手県は原発に関係なく東北新幹線が建設される予定であった。しかし第一次オイルショックによる総需要抑制政策で、東北新幹線の仙台以北の建設が中止になった。そして再開をしたければ、原発設置を認めろという話となった。いきなり条件を突き付けられた工藤が怒るのは当然のことでもあった。


「政府はいづもそうだ。田舎馬鹿にしてら。金さえ出せば何でも言うごど聞ぐど思ってら」

砂岡と石山は工藤の怒りをとにかく黙って拝聴する以外になかった。

「大体、都会は高層ビルがあって、高速道路があって、なんもがもあるが、こご岩手はどうだ。こごで一番高え建物は県庁だげ。んだがらこそ新幹線が来るごど期待してらったのに、これではあんまりだ」

確かに盛岡駅から県庁まで、県庁より高い建築物はなかった。駅から県庁までのメインストリートはアスファルト舗装がされていたが、少しでも外れると道路はいまだ未舗装のままであった。

「この前の知事選で新幹線入れるど言って、労農党さ辛うじで勝った。それが原発受げれねど新幹線が建設されねどなったら、こっちの立場がね」


 元々、東北新幹線は2つの建設目的があった。一つは東北本線の需要増大に対応する新線としての役割と、もう一つが選挙対策であった。

開発が遅れ、都会との格差が酷くなったことにより、日本全国各地方では不満の怨嗟が溜まっていた。とりわけ東北地方は、明治より開発が遅れていたこともあって、その怨嗟は並外れたものであった。

 そうした怨嗟をエネルギーにして、労農党が東北地方に勢力を拡大していった。結果、東北地方の地方議会で議席を労農党が獲得するようになった。


 与党自由政友党(以後、自政党)は、これに強い危機感を覚えた。労農党は共産主義を標榜しており、その思想信条からソビエト連邦(以後ソ連)に同調しておいた。

当時、冷戦で米ソ対立があり、日本においてもソ連軍侵攻される北方脅威論が叫ばれていた。そんな状況下でソ連に親和的な勢力が地方政治を握ることは、安全保障上極めて危険であった。

こうした背景から、1970(昭和45)年くらいから、急遽東北地方の開発に力を入れるようになった。


 岩手県知事選で自政党は労農党に勝つため、東北新幹線を盛岡まで建設すると公約に掲げた。そして功を奏し、工藤は労農党と競り合って僅差で勝利を収めた。

 そんな状況で原発を受け入れなければ新幹線が来ないとなると工藤の立つ瀬がなくなり、次の選挙で敗退することは明白であった。そうなれば労農党が岩手県知事となり、原発建設はほぼ不可能になる。ここは工藤を守るために更なる見返りを与えなければならなかった。

「何で都会の贅沢のためさ田舎が犠牲にならねどいげねのだ」

砂岡が口を開いた。

「知事の仰ることはよく分かります。ですが、原発を建設しないと政府から新幹線の建設資金を引き出すことは出来ません。でも、このままだと山形県と秋田県に新幹線ができてしまいます」

「何で山形ど秋田さ新幹線がでぎるのだ。おがしいべ」

工藤は今にも憤死する勢いで怒りを爆発させた。

「山形と秋田が原発建設誘致で新幹線の誘致をしているからです」

砂岡が淡々と返した。


「もちろん原発建設するに当たって、岩手県には新幹線以外のお礼も考えております」

砂岡の言葉に怒り続けていた工藤は、少し落ち着いた様子を見せた。

「何が手土産でもあるのだがな、長官」

「追加で空港はどうでしょう」

「空港、こったな貧乏な岩手で誰が飛行機なんど乗る」

「豊かになるために空港を造るのです。空港ができれば観光やビジネスでの人が来る。人が来れば、金も来る。そういうことです」

砂岡の話をいぶかしく聞きながら、工藤が言う。

「長官、まだ手札があるごった。それ言ってくなんしぇ」

工藤が砂岡を鋭く見つめる。

「これは知事、全てお見通しで。まあ、他にも用意はしております。まずは盛岡と宮古を結ぶ岩手横断自動車道を新たに建設させます。これで地元の業者の方々に仕事できますし、何より宮古が便利になります。そして」

砂岡が言葉を止めると傍らにいた秘書が持参していたアタッシュケースを出して、中身を見せた。

「この土産を議員の先生に配って頂けませんでしょうか。後、こっちらは知事への土産となります」

砂岡がそういうと、秘書がもう一つのアタッシュケースを出して中身を見せた。


 土産の効果があったためか、工藤は怒気は完全に失せていた。

「まあ長官が頭下げでのお願い無碍さ断るごどはでぎねぁ。先さ山形ど秋田さ新幹線がでぎるのは許せん。分がった。原発建設さ協力すんべえ」


こうして岩手県での原発建設が始まった。


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