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お家騒動

 井出は22年間に渡って京葉電鉄を支配し続けた。しかし取締役全員が井出派でなく、概ね半分程度であった。それ以外は創業家の里見家が牽制で送り込んだ里見派が占めていた。井出は大番頭に過ぎなかったのである。

 そうした状況下で京葉電鉄内において大政奉還が話題になっていた。創業家里見家出身の御曹司で当時常務取締役であった里見長治を社長にしようという動きが出ていた。

 里見派は井出の22年の長きに渡る支配に嫌気を差していた。確かに井出は京葉に利益をもたらしていた。しかし創業家でもない井出が創業家を差し置いて、独断で次々と事業を決めていくことに不安視や危険視、何より反感を蓄積していた。


石山はこのときのことを語る。

「当時、若様は井出社長に対して強い不満を持っていた。自社路線と競合する常磐新幹線を誘致したことと、ドリームユートピアの契約内容についてだった。この二点でお二人はよく意見を対立させていた」


 創業家である里見家は株式の2.5%を保有していた。大番頭に過ぎない井出としては里見家の代表である長治を意見が異なるからとして排除はできない。対する里見家としても井出を簡単に排除することが出来なかった。

井出は京葉グループに対して貢献している。そのため他の大株主(銀行や保険会社など)は井出を支持されており、簡単に排除することができなかった。


 そうした睨み合いの中で、日鉄の常磐新幹線建設中止の噂が広がると里見派が勢いづいて長治を露骨に担ぎ出す。井出のシナリオに狂いが生じたことを糾弾する動きが公然と行われるようになった。

 取締役会議において井出に対する批判が行われは元より、京葉電鉄の労組も里見派について井出を糾弾する動きに出た。組合の総会において、井出を糾弾する声明を発表され、更に京葉電鉄本社を始め各所に井出を糾弾する怪文書が出回った。


 糾弾の内容は大きく二つあった。一つは自社路線と競合する常磐新幹線を事実上誘致したこと。もう一つが東京ドリームユートピア事業において、当時の日本の常識ではありえない法外な契約を結んだことについてだった。


 以前より里見家は京葉電鉄の東京駅乗り入れを念願としていた。その念願のために浦安沖の埋め立て事業に対して、賛意を示していた。

しかし井出が砂岡の要請でほぼ独断で新線予定地を日鉄に常磐新幹線として譲ったことに強い不満を持っていた。そもそも、空港に乗り入れる鉄道が自社独占でなく、新幹線を招いてしまったことに強い反感を持っていた。

 また東京ドリームユートピア事業に対しても里見長治は不快感を持っていた。米国ドリームユートピアは建設費・運営費を一切支払わず、ロイヤリティは売り上げの10%と契約は45年という当時の日本の感覚では法外なものだった。こうした契約を結ぶ井出に里見家が危機感を覚えるのは自然な流れであった。


 井出と里見の対立が激化していたころ、石山は技術・ノウハウ・デザインなどの提供をドリームユートピアから受けながら、1979(昭和54)年の開園に向けて準備を進めていた。しかし日鉄の建設無期限延期状態になったことで、アクセスの問題だけでなく集客においても不安が広がるようになった。

 石山はこのときのことを語る。

「このままでは、不味いことになると思った。それこそ新幹線建設中止を以て、東京ドリームユートピア事業が中止なる可能性が出てきた。とにかく、このお家騒動を早く納めなければならないと思い、砂岡先生に仲裁を依頼したほどだった」

 石山から要請より、砂岡は京葉電鉄のお家騒動の仲裁に入ることになった。砂岡にしても原発建設の地元への見返りとして常磐新幹線を推進している以上、京葉電鉄のお家騒動を納めなくてならなかった。

 砂岡の仲裁により、お家騒動は終息した。そして当面は井出体制だが近々に井出は退き、里見長治が社長に就任する。ただし、里見体制になっても井出路線は継続する形で落ち着いた。


 そんな中で井出が変死体で発見された。京葉電鉄京葉本線にて井出が轢死体として発見された。国鉄の上村総裁が轢死体で発見された事件「上村事件」を彷彿させる事件で、当時の上村事件と同様に自殺説・他殺説と飛び交った。結局、警察は心労による自殺と断定して事件は終息した。


 井出の社葬が執り行われ、新たに社長に就任した里見が弔辞を読み上げた。この後、里見は旧井出派の取締役を排除し、里見体制を固めていった。尚、井出変死事件時に警察庁関東管区警察局長は里見体制になった京葉電鉄の役員に名を連ねることになる。


 井出の変死による井出派と目された石山は京葉電鉄に居られなくなり、イースタンアイランド社から去った。そして石山は砂岡に拾われ、砂岡が実質的オーナーである不動産会社に入社する。

 この不動産会社は、砂岡の政策を推し進めるための別動隊で正しく国家の地上げ屋と言っても良いものであった。こうして、石山は更に深く国家の地上げ屋として活動をしていくことなる。

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