暗雲
日鉄総裁藤山がスト権スト対応の不味さから退任したことにより、日鉄内で常磐新幹線の建設の中止論が湧いて出てきた。結果、常磐新幹線及び在来線の建設が無期限延期状態になる。
この背景には幾つかの要因があった。日鉄内で労組の反発を招きやすい貨物駅整理を先送りしたい日鉄官僚の思惑。大新宿駅構想が非現実的であるとして、中止を求める声。格下と見做していた京葉電鉄にいいようにされた屈辱感。何より元日鉄ノンキャリア職員でしかなかった砂岡が日鉄に圧力を掛けたことに対する反発。こういったものがない交ぜになっての中止論であった。
結果的にこうした反発は砂岡によって、徹底的に抑え込まれて常磐新幹線建設に漕ぎ付けた。しかし、この日鉄内の反発は各方面に悪影響を与えてしまう。
日鉄が計画を反故にする動きが出たことで、京葉電鉄が深く関わっている二大プロジェクトが大きな影響を受けた。一つは東京ドリームユートピアであり、もう一つは千葉学術研究都市である。
東京ドリームユートピアは常磐新幹線と在来線をアクセスとしていた。そのため、常磐新幹線建設中止は集客に大きな支障をきたす事態であった。当てが外れ状態で、東京ドリームユートピア事業をこのまま続けて良いのかという、疑念が京葉電鉄社内で噴出するようなる。
そして常磐新幹線を当てにしていた千葉学術研究都市も大きな影響を受ける。千葉学術研究都市は、元々新首都として構想されたものであった。しかしオイルショックにより新首都計画がなくなり、代わりに学術研究機関だけでも東京都内から移転させるものとなった。
その際に最大の看板だったのが東京大学を始めとする東京都内にある国立大学の移転であった。元より、これらの大学は利便性の高い東京から離れることを拒んでいた。それを政治で半ば強引に移転させようとした。
その際に彼らを納得させるための説得材料として、研究予算や施設建設をチラつかせたりした。その一つとして都市の利便性を上げるため、常磐新幹線建設を上げていた。
この新幹線建設に利便性向上で、移転反対で一色であった各大学が移転に対して前向きになった。特に理系は大型の実験施設が建設されるということで、積極的に応じることになる。
しかし日鉄内から常磐新幹線中止論が出てくると、各大学の文系から移転に対して反対が強くなってきた。新幹線が使えないなら便利が悪いだけで彼らにはメリットがなかったからである。
彼らは用地をそれほど必要とせず、特に法学部は自らの政治力を発揮するために東京居続ける方が有利であった。そのため殊更反対運動を展開するようになった。
その結果、各大学の理系の一部門だけが実験・観測施設のため移転ではなく新設という形で進出するに留まる。
そのため大学で移転が決まったのが国立教育大学(現:房総大学)となり、街の規模が大幅に縮小してしまった。当該地で不動産や流通などの事業を企てていた京葉電鉄は、ここでも事業に暗雲が漂い始める。
こうして井出のプランが次々と狂い始め、京葉電鉄社内で反井出派が顕在化してくる。




