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埋立地

 1958(昭和33)年6月11日、八島製紙江戸川工場で大乱闘事件が発生した。

事の始まりは工場からの排水で旧江戸川の水が黒く濁り、浦安沿岸から葛西沖に欠けて魚介類が大量死滅したことにある。それに対して浦安町(現 浦安市)の漁民たちは工場側に排水の停止を何度も訴える。しかし工場側は無視して排水を続けた。

 漁民たち800人は6月11日に国会と都庁に陳情を行い、改めて工場に向かった。工場側は漁民との面会を完全に拒否し、監督官庁の中止勧告を無視して排水をし続けていた。

 この工場の態度に漁民たちは怒りを爆発させ、工場に乱入する。そして工場側が要請した機動隊と漁民らの衝突に発展する。結果、漁民から重軽傷者175人、逮捕者10人と機動隊負傷者15人、工場関係者負傷者18人という大乱闘事件となった。

 この事件を契機に政府は同年12月に「公共水域の水質の保全に関する法律」と「工場排水等の規則に関する法律」を公布した。

 しかし破壊された環境が回復されることはなく、漁民たちは漁業権を手放すことに同意して埋め立てを受け入れた。

 この埋め立て事業を行うのが京葉電鉄だった。京葉電鉄は公害で漁業ができなくなった漁民たちと漁業権交渉を行い。交渉が完了したところから順次埋め立てを始めた。


 1963(昭和38)年より埋め立てが開始した。埋め立ての目的は3つ。残土処理・不動産開発・都市インフラの整備である。

 時は高度経済成長期で日本中の大都市圏は建設ラッシュに沸いていた。オフィスビル・住宅が次々と建設される。鉄道各社は旺盛な通勤需要に応えるため、地下に鉄道路線を大量に建設する。特に宅地開発では丘陵を切り開いて大量の土砂を発生させた。

 それらの工事によって発生した残土を処分するため、残土は浦安の沿岸に集められ埋め立てに用いられた。後に関東国際空港や現在の千葉学術研究都市の建設残土が加わり、埋め立て面積が更に拡大していった。


 そして埋立地は首都圏で不足していた住宅と都市インフラ(道路、鉄道、下水処理場など)の整備に活用される。高度経済成長期の日本は際限なく大都市への人口流入していた。そのため、深刻な住宅不足や都市インフラ不足に陥っていた。そこで地権者が居ない沿岸埋立地にそれを求めた。

 京葉電鉄は埋立地を造成して、新線建設と沿線開発を目指した。つまり京葉電鉄の悲願である東京駅進出のための埋立地だった。


 京葉電鉄は都心に乗り入れているものの、日本鉄道に比べると利便性が劣っていた。そのため、船橋駅で京葉電鉄の乗客が日本鉄道に乗り換えられ収益を取り損なっていた。この問題を解決するため、埋立地に鉄道路線を引く計画を企画した。

 ルートは京葉電鉄京葉本線の船橋駅から分岐して、浦安沿岸の埋立地を経て東京駅八重洲通地下である。このルートであれば、面倒な用地買収を最小限にすることが出来た。

 京葉電鉄はこの新線計画以外にも関東国際空港へのアクセス路線も建設することになっていた。京葉電鉄もまた建設ラッシュだった。

 資金については運賃値上げで賄った。当時の鉄道各社は新線建設や複々線化のために運賃を毎年倍々ゲームのように上げていた。京葉電鉄も他社と同様に運賃値上げで賄う。ただ京葉電鉄は他社と異なり、大きなアドバンテージがあった。

 それは関東国際空港の用地買収をして政府に売却した売却益である。さらに逼迫した都市インフラを埋立地に建設した国・東京都・千葉県も出資して埋め立て事業に参画した。

 こうして各方面からの資金によって、最終的に2,100ヘクタール(千代田区1,166ヘクタールの2倍弱)に及ぶ、新しい土地が誕生する。


 当初の予定は、宅地開発と都市インフラ整備だけの予定であった。しかし、ある問題を解決するため、それ以外の施設が求められる。その問題とは浦安沿岸の旧漁民の雇用でだった。

 彼らは製紙工場の排水によって漁が出来なくなっていた。漁ができないが故に漁業権を手放した訳で、そんな彼らを雇用して新たな人生を歩めるようにしなければならない。

 漁業協同組合との交渉においても、彼らの職を用意することが盛り込まれていた。


 そこで目を付けたのが遊園地である。宅地開発では雇用が発生しない。遊園地であれば雇用を発生し、通勤ダッシュ以外の時間帯の運賃収入が見込める。

 京葉電鉄社長井出は、この遊園地計画を本格的に始動させる。担い手として空港用地買収で使った会社アジア総合を再び活用する。名前をイースタンアイランド株式会社に変えて、井出自らが社長に着いた。


 井出はアメリカのテーマパーク「ドリームユートピア」に着目する。以前にアジア総合がダミー目的として海外視察団に紹介した遊園地である。井出自身が海外視察団とは別に視察をしており、強い感銘を受ける。石山は語る。

「井出社長は看板としての遊園地建設でなく、本当に本格的な遊園地を造りたいと言っていた。そして日本にはないようなものを造りたいということで、アメリカで単独で視察した。それで感銘を受けて、本気で誘致をすることを考えたらしい」


 勿論であるが単に井出は感銘を受けたから、誘致を決定した訳ではない。ドリームユートピアの誘致で、埋立地のブランディングを図ってのことである。当地をブランディングで価値を高めれば、より高い単価で埋立地を販売することが出来る。


 こうして「ドリームユートピアの夢」「旧漁民に対する義理」「埋立地の土地単価を上げる打算」という夢と義理と打算が交錯する誘致活動が始まった。

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