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退潮

 反対派は三丸丘事件を契機に農民派と学生派に分裂した。


 そして学生側の勢いが嘗てのものでなくなっていった。彼らの大半は本気で政府転覆を目指している訳ではなかった。言うなれば流行で参加している者が殆どであった。当時、左翼であることが学生たちにとって格好いいファッションだった。

そこで派手な活動をすればステータスが上がり仲間たちからの尊敬が得られる。男子学生であれば女子学生にもてる。その程度の浅はかはものであった。

ところが一連の空港反対運動における多数の殺人とその後の極左テロリストによる連続テロ行為が彼らの考えを変えていった。世間はこれらの行為を行い続ける左翼学生たちを敵視するようになった。

つまり、尊敬を得たいや異性からもてたいという動機で参加している者たちにすれば、これ以上左翼活動に参加し続けることはデメリットでしかなかった。

 また今回の反対運動で露わになったように左翼活動においては、思想や方針の僅か違いから内紛分裂が頻繁に生じた。所謂、「内ゲバ」である。

 今回の空港反対闘争では、その内ゲバによって多数の学生が焼き殺される事態となった。これに嫌気を差して運動から脱退する者が相次いだ。もてたいという程度の浅はかな動機で命を失いたくはなかったのである。


 そして決定的な理由は学生たちの就職であった。学生というモラトリアムの夢想から目を覚めて、資本主義の企業に就職していった。いつまでもワルシャワ労働歌を歌って酔いしれるわけにはいかなかった。


 こうして学生側は時間を経るに勢力が小さくなっていった。しかし、完全になくなった訳でなく、僅かに残っている者たちは更に先鋭化していった。彼らは支援者からの寄付によって生活が出来たため、運動に専念することが出来たからである。

 むしろ支援者からの寄付を募るためには、目立つ派手な行動が求められた。その一部が極左テロリスト化した集団でなって、数々のテロ行為を行っていった。しかし、それは当局によって徹底的に潰され、極刑に処せられていった。

 そこで彼らは、極左テロほどではない程度の派手は行動を行うようになる。それが引き続き空港反対運動であった。こうして反対運動が職業化していった。


 こうした職業化した反対派(以下、職業派)と農民との対立が先鋭化していった。職業派とすれば寄付を得続けるためには、いつまでも反対運動をしなくてはならない。

 それに対して、農民側は一連の反対運動で機動隊の激しい暴行や学生たちによる皆殺しで疲弊していた。何より反対運動に労力を取られたため、農作業が出来ず作物の栽培に支障を来すようになっていた。

 いつまでも反対運動をし続けることは、経済的に難しくなって来ていた。結局、農家の中から空港公団に土地を売却する者が現れるようになった。しかし職業派にすれば、これは決して許されない行為に他ならなかった。

 農民が土地を売ったことを知った職業派は、その家を集団で襲撃して「裏切り者」と罵声を浴びせ暴行を働く乱暴狼藉を働いた。そして売却した農地を占拠して使えないようにする暴挙に出る。

 ただ職業的に行っているだけあって、放火や殺人は控えられた。あくまでポーズとしての反対運動であった。そのため不法占拠していても、機動隊による排除が来たら、蜘蛛の子を散らすかのように退散していった。

 当然、農民たちは生活に支障を来した。自分たちを皆殺し、更には生活の邪魔をする職業派に対しての憎悪は凄まじいものがあった。


こうして、農民と職業派が衝突する。職業派は農民が土地を売らないように監視巡回をし、それを農民が追い返すといった感じである。

時に職業派が農民をゲバ棒で叩きのめしたり、農民が農業用の殺虫剤を職業派にばら撒いたりする小競り合いが頻発した。

結果、農民は秘密裡に土地を空港公団に売却して、夜逃げするように村から離れるものが続出した。この夜逃げの手配をしていたのがアジア総合であった。


 石山は語る。

「空港公団から土地を売却した農家家族を別の安全な地に疎開させてあげて欲しいと依頼があった。そこで京葉電鉄と友好関係にあった関西鉄道に協力して頂いて、家の手配から関西鉄道の関連会社へ斡旋したりした」

 当時、関西私鉄は私鉄王国と言われるくらい経営面においても技術面においても日本の鉄道の最先端を走っていた。鉄道事業から関連する形で不動産開発やレジャー開発を行うは勿論のこと、いち早くクーラーを列車内に導入し更にはテレビカーが実用化するなど、目を見張るものがあった。

 そのため関東私鉄各社は関西私鉄に将来の幹部候補社員を関西私鉄に留学させて、広範囲な事柄を学んで自社に反映させようとした。

そうしたことから京葉電鉄は関西鉄道と関係が深く、そのルートを通じて土地を売却した農民を逃がしていくことになった。


本来であれば空港公団や運輸省ひいては警察が身柄保護しなければならない。しかし彼らには、そのような機微な事柄を扱うことが苦手であった。そもそも得意であれば、こんな悲惨な空港反対運動は起きていなかった。

そういった事情から、アジア総合が農家を逃がす仕事を一手に引き受けた。

石山は続けた。

「彼らを隠密に脱出させるのはアジア総合の社員が手伝った。過激派(職業派)の監視を搔い潜っての脱出は大変だった。過激派に見つかったときは、陸上自衛隊上りの社員が体張って家族を守って脱出させたりした。東京駅まで来れば、とりあえずは何とかなった。そこからは新幹線に乗せて大阪に向かわせ、後は現地にいた京葉の社員が引き受けて何とかした」


 こうして農民も数を減らしていき、空港反対の勢いを失っていった。


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