落城
空港建設に従事している労働者たち400人が鶴嘴とスコップを持参してやって来た。そして機動隊に詰め寄る。彼らは非番で一連の反対運動で襲撃された復讐にやって来た。
このときの様子を当時、機動隊員の一員であった水木(仮名)は語る。
「あのとき、作業員は本当に恐かった。隊長に向かって『あいつらはワシらが殺す』と言って詰め寄ってね。隊長は彼らを抑えることで必死だった。何せ炭鉱労働から鍛えた肉体だから、我々機動隊なんかよりも筋肉が凄い。それが鶴嘴やスコップを持ってきているのですから、その殺意は恐ろしいものがあった」
彼らは空港団地を始めとした反対派による一連の事件で被害を遭い続けていた。当然、復讐心に燃え上がっていた。
警察の現場指揮官は彼らを宥める。そして突撃の予定を繰り上げて、翌日に突入することにした。その際に執行の補助という形で彼ら建設作業員を同行させるとした。これに彼らは納得し、その日は引き上げた。
翌日、空港の建設作業員らは再び鶴嘴やスコップなど携え現れた。またブルドーザーやシャベルカーなどの重機が昨日よりも多くやって来た。3,000人の建設作業員に400台にも及ぶ重機である。空港建設に携わる作業員のほぼ全員と使用重機の殆どである。
彼らは急遽、休みを取って馳せ参じてきた。彼らの復讐心は凄まじく、下請けの建設会社が会社ぐるみで馳せ参じてきた。
「殺すぞ。コラ」
「仇、取ったる」
彼らの怒号と重機のエンジン音は大地を轟かせていた。
有刺鉄線の向こうで機動隊が必死で労働者たちを抑えていたとき、機動隊から砦に籠る反対派のリーダー格に手紙が届いた。そしてリーダー格は手紙を読んで黙り込んでしまった。
傍らにいた者が、その手紙を読み上げる。
「反対派諸君。武器を捨て直ちに投降せよ。さもなくば諸君らは空港建設作業員たちに皆殺しされる。現在我々が作業員たちを抑えているがそれも限界に来ている。今、投降すれば生命の保障を約束する」
正しく機動隊からの降伏勧告あった。
外を見れば労働者たちの殺意に満ちた怒号に満ち溢れていた。おびただしい重機が唸っている。機動隊の降伏勧告の通り、彼らは反対派を皆殺しするつもりいることは明らかだった。
このとき勇作は砦の見張りをしていた。そのときのことを勇作は振り返る。
「今だから言えるが、あれは本当に恐かった。それまでに機動隊とは何度かやり合ってはいたが、今にして思えば機動隊は手加減していたのだと思う。機動隊と違って労働者たちは本当にワシらを皆殺しする気でいた。それが遠くからでもよく分かった」
反対派たちは自分たちが皆殺しされる認識を持つようになった。そして兵糧攻めによる飢餓状態で体力も落ち戦意も落ちていた。そんな状況で農民側のリーダーだった勇作の父、清が口を開いた。
「もう降伏しよう。もう負けたのじゃ」
それを聞いた学生側のリーダー格だった男が
「この敗北主義者めが」
と叫んで持っていた猟銃で清に発砲した。
砦の中が騒然とする。そして勇作は叫ぶ。
「親父、大丈夫か」
清は即死していた。別の農民が叫ぶ。
「おめえ、何するんだ」
それに対して、射殺した学生は血気盛んに
「我々は死を恐れない。例え玉砕してでも我々は革命を全うする」
叫んだ。それに対して農民たちが
「ワシら、革命する気なんかねぇ。土地を守りたいだけじゃ。もう降りる」
そうして、振り返り何人かの農民も連なって去ろうしたとき、猟銃を持った学生が
「この裏切り者。敗北主義者」
と叫びながら、後ろから去ろうとする農民に発砲し即死した。そして発砲した学生は
「これで反革命の裏切り者がいなくなった。これは勝利である」
と高らかに叫んだ。
しかし、農民たちは発砲した学生を黙って睨みつけた。そして一斉にゲバ棒で学生に襲い掛かった。猟銃に装填されていた銃弾が、先の発砲でなくなっていたため、学生は一方的に袋叩きに遭う。
他の学生たちはリーダー格の学生を助けるため、火炎瓶を農民に投げつける。農民たちは火だるまになって転げ回り、やがて動きが止まり絶命する。学生たちはリーダー格の学生を救出したが、既に息がなかった。
ここに至って農民と学生との対立が表面化した。砦の中で農民と学生が殺し合いを始まったのである。互いが火炎瓶や濃硫酸の瓶を投げ合う。互いに火だるまになって焼き死ぬ。そして砦の中の火炎瓶に次々と引火し砦は大火災となった。勇作は燃え盛る砦から父清の遺体を抱きかかえて脱出をした。
砦の外で守りを固めていた反対派は燃え盛る砦を見て唖然とした。それは包囲をしていた機動隊や殺意を漲らせていた労働者たちも同様に唖然とした。
砦が焼け落ちる。
焼け落ちた後、しばらくして砦の外にいた反対派が断片的に砦の中での出来事を知ることになる。その結果、砦の外においても農民と学生との間で殺し合いが発生した。
「裏切り者」
「敗北主義者」
「お前ら出ていけ」
という怒号が飛び交う。砦の中と同様に互いに火炎瓶の投げ合いをする。そして数に勝る学生が農民たちをほぼ皆殺ししていく。
それだけでなく、学生たちの間でも分裂した。飢餓と混乱から機動隊に投降する者が多数出てくる。それを別の学生が後ろから火炎瓶を投げつけて、投降する者たちを焼いていった。そして投降する者を焼いた学生もまた、仲間殺しとして火炎瓶を投げつけられ焼け死んだ。
包囲陣の内側では多数の焼死体が散在した。正しく地獄絵図である。これを見た空港作業員たちは呆気に取られていた。
警察の現場指揮官は空港作業員を抑える機動隊1,600人ほど残して、残り5,000人で突入した。
機動隊はそれまでのような一斉に走っての突撃ではなく、様子を伺いなら恐る恐る包囲陣に入っていった。夥しい焼死体の間を飢えと内紛による殺し合いで茫然自失となった反対派たちを静かに検挙していった。
所々で火炎瓶や濃硫酸の投擲が機動隊に届かず、放水車の放水で吹き飛ばされた。先の内紛劇によって、火炎瓶等の凶器が尽きてしまったようであった。
勇作は騒乱で奇跡的に助かり、突入してきた機動隊に保護された。勇作はそのときのことを振り返る。
「あのとき機動隊に捕まって連行されるとき、空港の労働者たちが『死ね。ボケ』『殺すぞ』という怒鳴り声が聞こえた。ワシら、負けたと思い知らされた」
おおよそ3,300人いた反対派で生き残った者は1,140人ほどであった。そして2,000人以上の者たちは焼死などで死亡した。反対派で参加していた農民は990人の内、生き残った者は22人でそれ以外は学生たちに殺された。
それに対して、機動隊側の被害はほぼ皆無という結果だった。
こうして三丸丘闘争は終結した。




