3.うたかたの夢、流された色
夢を見た。
それは、悪夢と言って差し支えないモノ。
気付くと勇一は何も無い空間にぽつんと一人立っている。困惑している勇一。その眼前に、巨大な何かが姿を現す。
それは。
「…………ど、ドラム式?」
洗濯機。
……洗濯機。
うん、洗濯機。
各家庭やコインランドリー、家電量販店で見かける極一般的な洗濯機に見えるモノが、勇一の前に現れたのだ。
「何で洗濯機が……って、うお!?」
突然の体が浮く感覚に驚きの声を上げる勇一。なんと目の前の(おそらく)洗濯機がバキュームを始めたのだ!アレ本当に洗濯機なのか?
必死に抵抗するも巨大な洗濯機の吸引力よりその力が劣っているのは明白、抵抗虚しく勇一はドラムの中へと吸い込まれ……
洗われた。
もみくちゃに洗われた。
巨大なだけあって中を流れる水流はとんでもなく、抵抗も出来ず波に翻弄され洗われていく。押し流される。表情は苦悶に歪み、見ているこっちがいたたまれなくなってくる。一体なんだって言うんだ、この夢は……?
現れるうち、体が白くなっていく。そして完全に真っ白になるかならないかの頃、勇一は目を覚ました。
「…………夢か」
夢で見た感覚が体から抜けない。今もまだ、身体をぐっちょりと湿ったような感覚に支配されている。
「おはようございます勇者様……勇者様!?ど、どうされたんですか!?」
昨日のメイドが慌てて勇一に駆け寄る。それに伴い、起きてから初めて勇一の視線は自身の身体に落とされた。
「え……なんだよ、これ」
身体が、ベッドが、周りのものが。全てが雨ざらしにされたかのように水浸しになっていた。
……勇一くんの名誉の為に言っておくけど、おねしょじゃないぞ。これは明らかに異常事態。断じて!おねしょでは!ない!!それはそれとして写真を撮ってファイル名を「勇一この年でおねしょ」にして保存しとこう。
「い、一体何があったんですか!?夜尿症という量でもありませんし、この部屋にはホース類もないですし……」
「変な夢を見て起きたらこんなことに……」
「……わかりました。いえさっぱり状況はわかりませんが、とりあえず医務長官の所へ!私がお運びいたします!」
◆◆◆
「……どうでしょう先生?」
「とりあえず呪い等の検査は陰性、奇病の類でもなさそうです。……何者かの悪ふざけで水浸しになる魔法でもかけられたのでしょうか?ひとまず大丈夫でしょうけど、念の為体内の魔力状況の検査もしてみましょう。有り余る魔力が暴走してしまったのかもしれませんしね」
「よかったです……」
リープス城、医務長官研究室。そこのベッドで下された診断結果に、メイドが安堵の息を漏らす。勇一もほっとしたような表情をしていた。
「えーっと、試薬は……ありました、息を吹き込んでください」
酒気の検査に使うような機械に言われるがままに息を吹き込む。医務長官は直ぐにそれを別の機械にかけ、操作を始めた。
「どれどれ…………え?」
……医務長官が漏らした声に、場の空気は再び凍りつく。
「……すみません、もう一度お願いします」
まだ誤作動の可能性がある。いや、それにかけるしかない。私にはわかる、医務長官はそういう顔をしていた。
そして行われる一連の流れの繰り返し。この間、誰も口を開くことは無かった。
しばしの間をおいて。
「…………その、大変申し上げにくいのですが」
医務長官が重い口を開いた。
「勇者さんの魔力反応…………昨日まで観測されていた高数値がいっさいありません。今の貴方は……凡人と同程度の魔力量です」
◆◆◆
…………語り部さんだぞ。
まぁ、なんだ、気に病む必要はない。人生うまく行かないこともある。くよくよするな、若者!ジュースおごろうか。
そんな励ましの声は、今の私では彼に届けられない。
勇一の身に降り注いだもの…………それは、エルに授けてもらった「英雄色」の消失。つまるところ、「勇者」としての能力をまるごと失ってしまった事に他ならない。
事態の発覚から早2週間。勇一は今、リープス城の端にある一部屋に事実上軟禁されている。処遇が決定するまでの暫定的な措置だ。
城の人間は決して勇一を邪険に扱っている訳では無かった。きちんと三食は出るし、シャワーだって付いている。新聞や書物も要望があれば持って来てくれる。
だがしかし、それは彼の事を悪く言う人がいない事とイコールではない。……世の中には一定数悪意を持って人と接する人がいるものだ。ましてやそれが国の勇者となるはずだった者としたら、なおさら。
部屋への配給担当の兵士は毎日違った。そして部屋の壁は薄かった。……聞こえてしまっていた、悪態をつきながら物資を運んでくる者たちの声が。
そして城の人間の間で勇一はいつしか「英雄色」を失った勇者……洗濯機の夢を見て能力を消失した事と相まって、「脱色勇者」と呼ばれるようになっていったのだった。
能力を失う前から接してくれていたメイドは今も勇一の世話を甲斐甲斐しくしてくれ、励ましてくれる。だがしかし、それは勇一の心を余計に締めつける。何も出来ないのに気を回して貰っているという罪悪感が胸を貫く。最初の一週間が過ぎてから勇一は、もうずっと布団の中で過ごしていた。
「勇者様?お紅茶お入れしましたので、ティータイムといきませんか?」
「……置いといてください、後で飲みます」
「……かしこまりました。あの、勇者様……」
一息ためて、メイドは告げる。
「貴方の事を心配している人は貴方が思っているよりもいますからね」
沈黙が訪れる。
「……それでは、失礼します」
最後まで、勇一からの返事はなかった。
◆◆◆
そして、さらに3日ほど経ったある日。
遂に勇一は、城主の王に呼び出された。
「いや、諸々の手続きに二週間もかけて申し訳ない。君にはさぞ辛い思いをさせた事だろう」
「あ、いえ、大丈夫です……」
そう答えるものの、勇一は明らかに顔色が悪い。声にも覇気がない。王も申し訳なさそうな表情を浮かべて、続ける。
「……そのだな。私からも言って聞かせてはいるのだが……城の者の中には、君に不満を持っているものも少なくない。『なぜ何も出来なくなったあいつがいつまでも居座っているのか』という声が君の耳にまで入っていた事だろう、本当に申し訳ない」
「……いえ……」
更に声が小さくなる勇一を見かねて、王は話を切り出す。
「これは提案なんだが……城を出ていく、というのはどうだ」
……勇一の身体がびくんと反応する。……その言い方、どういう意味なんだ。場合によっては語り部さん、不可能を可能にしてでも王を殴りに行かないといけなくなるぞ。
「…………追放、ということですか」
その言葉に、王は目を見開き、
「とんでもない!……いやでも、そう聞こえても仕方がないか……。私の事を非常な君主だと思ってもいい、恨んでもいいから最後まで話を聞いてくれ」
続ける。
「先程も話した通り、この城には君に悪意を持って接しようとする者も少なくない……非常に残念な事だが。君がそんなに疲弊しているのも、それがあっての事だと思う」
「…………」
「そこでだ。実は民衆には『脱色勇者』の噂が既に知れ渡ってこそすれ、失う前の力の披露の機会が無かったことから顔は露呈していない。この意味が分かるだろうか」
…………なるほど。
ひとまず、語り部さんがこの王を殴りに行く必要は無さそうだ。
「…………だから、民間人として暮らしていった方がいいって事ですか?」
「その通りだよ。非常に申し訳ない事に永続的な援助は我が国としては厳しいのだが、数ヶ月分の援助は出来る。このお金を元手に、生活の基盤を整えて穏やかな暮らしをしてもらいたい、どうかな?」
勇一は考える。このままこの城にいても、出来ることは無いだろう。それどころか、悪意の声がずっと耳に入ってくることとなる。それは……耐え難かった。
「……わかりました、そうします」
行くあてもしたい事も無かったが、勇一はそう返事した。ここから離れられるなら、その一心だった。
「……本当に、すまなかったね」
◆◆◆
「地図と当面の生活費、宿の宿泊券と求人情報誌です。これさえあれば、何とか生活は出来ると思います」
「……本当に何から何まですみません」
翌朝、旅立ちの日。王の計らいで、ずっと接してくれていたメイドにだけ勇者の城出を見送らせることになった。
……でも、勇一の気持ちは沈んだままだ。語り部さんには何も出来ないのが悔やまれる。
「あの、勇者様」
「……はは、もう勇者じゃないですよ」
「いえ、私にとっては今までもこれからも勇者様です。知ってるんですよ、配給の兵士さんが私の事を悪く言ってたのを注意してくれてたんでしょう?」
「…………」
……自分が悪く言われることは許容できたけど、自分に良くしてくれる人が悪く言われるのが我慢ならなかったのだろう。現在弱い立場にいる自分がそんな事をしたら反感を買うというのは承知の上で進言していた。結果、勇一への非難は更に増すこととなったが、その事をメイドに愚痴る事はしなかった。
……案外、勇一が選ばれて召喚されたというのは偶然ではなかったのかもしれないな。
「そんな心優しい勇者様なら、どこへ行ってもやっていけるはずです。応援していますよ」
「…………ありがとう」
そして勇一は、城の裏門から外へ出た。
◆◆◆
「……これからどうするかな」
城から出て直ぐにあったベンチに座りながら、勇一は声に出す。城の裏と言う事もあって、人通りはなかった。疲れていた勇一には、考えるのにピッタリのスペースだ。
「……しばらく人と接するのは勘弁したいかな……気持ちの整理をしたいし」
心が休まってから、働き口を見つけよう。勇者だった事は知られないように、堅実に生きていこう。そう決心、というまでもなくゆるく今後の道行きを決めたところで、ベンチにもたれかかる。ベンチの先に首を預け、顔が後ろを向いたところで……
……目が合った。
「……さっき城の裏からとぼとぼ出てきたってことは……貴方がウワサの勇者さんですね!?」
…………。
勇一の脳裏によぎったのは一言。
しにたい。




