【第3話③】汚染値とMマーク
「……いや、待て」
俺は半歩、後ずさった。
「お前、俺をからかってるだろ。そんな話、ギルドの初心者講習で一度も聞いてないぞ。宿の注意書きにも、どこにも書いてなかった。そんな重大事項、普通は誰かが教えてくれてないとおかしいだろ」
「常識すぎて、誰もわざわざ口にしねえんだよ。お前、『息は吸え』って講習で習ったか?」
「息と同列なのか、イチャイチャが」
「この世界じゃな」
「……信じられるか、そんなもん。帰る。一から真面目に聞き込みし直す」
踵を返しかけた俺の袖を、メロンの手がむんずと掴んだ。
「デコ」
「は?」
「デコ。見てみな。限界突破のサイン、もうばっちり出てるぜ」
言われるまま、俺は噴水に駆け寄って、水面を覗き込んだ。
揺れる水鏡の中、俺の額に――。
赤い『M』のような紋様が、うっすらと浮かび上がっていた。
「な――なんだこれは!?」
「『M』マーク。汚染値が限界域に入った男に出る、お知らせアイコンだ。親切設計だろ?」
「爆発寸前に通知が来ても遅すぎるんだよ! もっと早く出せよ!」
「あいにくリマインダー機能は実装されてねえんだ。クソ仕様だろ?」
「クソ仕様すぎる……!」
さっと血の気が引いた。
まずい。
俺には【勇者】の称号がある。
ステータスは何もかも規格外だ。
だとしたら――溜まる量も、爆発の規模も、規格外なんじゃないか。
最悪、街が吹っ飛ぶ。
俺は今、人類史上もっとも間抜けな時限爆弾かもしれない。
「おい、メロン! 下げ方は! 汚染値の下げ方を教えろ!」
「だから言ったろ。女とイチャイチャするんだよ」
「あてがあれば焦ってない! 俺の交友関係、知ってて言ってるだろ!」
「知ってるよ。アタシと、ギルドの親父と、屋台のおっちゃん。最近そこに受付の嬢ちゃんが加わったか。よっ、隅に置けねえな」
「観察してたのかお前!」
パニックになる俺を、メロンはしばらくケタケタと笑って眺めていた。
ひとしきり笑うと、パンの最後のひと欠片を口に放り込み、紙袋を几帳面に畳んで――ふっと、笑みの色を変えた。
「ひひっ。そんな顔すんなって。運がいいぜ、ああああ。《《たまたま》》アタシがここにいた」
「……何が、言いたい」
「しかたねえな。――付き合ってやるよ。こっち来な」
メロンは身を翻し、すっと手を差し出した。
フリルのスカートが揺れる。
逆光の中、サメ歯を見せて笑うその姿は、悪戯好きの森の妖精のようにも――もっと得体の知れない、何か別のものにも見えた。
「ちょ、おい、どこに――」
返事も待たず、腕を掴まれ、ぐいぐいと路地裏のほうへ引きずられていく。
細っこい指のくせに、振りほどけない。
びくともしない握力だった。
おかしい。
俺のステータスは、規格外のはずなんだが。
――どこからともなく現れて、どこへともなく消えていく、不思議な女。
街の連中は、メロンのことをそう噂する。
その正体を、この時の俺はまだ何も知らない。
ただひとつ、自分がとんでもないクソゲーの世界に転生させられたことだけは、心の底から理解した。
そして、屋台のツケの支払いが明日に延びたことだけを――俺の財布が、静かに理解していた。




