【第4話①】命の恩人は高くつく
路地裏は、薄暗かった。
表通りの喧騒が、やけに遠い。石壁に反響する音だけが、妙に大きく聞こえる。
……何があったかは、語るまい。
ひとつだけ言わせてほしい。
この世界の『汚染値』の下げ方は、心臓に悪い。
主に、俺の理性と寿命に。
メロンは壁に背を預けたまま、まだ息を整えていた。
「……ふぅ。一週間ぶりだからって、お前なァ……」
「……悪かったよ」
顔が熱い。直視できない。
ふと思い出して、額に触れる。
――ない。
あの忌々しい赤いMマークが、きれいに消えている。
【システムメッセージ】
ああああの汚染値が下がった!
大切な『あれ』も、ぶじ守られたようです……よかったですね。
「システムメッセージまで俺をイジってくるのか」
脳の隅の半透明ウィンドウが、ほんの少しだけ、揺れた気がした。
返事のような。
ただの錯覚のような。
「……今、何か言ったか?」
返事は、ない。
閉じぎわのウィンドウが、つん、と取り澄ましてみせた気がしたのは――まあ、たぶん、気のせいだ。
メロンが、くすりと笑った。
俺の胸を、指先でつつく。
「へへっ。ちょっとは素直になってきたじゃん。……次があるなら、もうちょっとアタシのペースに合わせろよ?」
「……次って」
「なーんてな」
ぱんぱん、とスカートの埃を払う。
たったそれだけの仕草で、さっきまでの甘ったるい空気が、嘘みたいに消えた。
いつもの「がめついエルフ」の顔だ。
切り替えが、早すぎる。
「さてと。命と――まあ、ソレも――救ってやったんだ。たっぷり感謝の気持ちってやつを、示してもらおうかね」
「……は?」
「お前の財布の中身、今日でカラにしてやんよ。ほら、ついてきな!」
「えっ、ちょ、待っ――」
腕をガッチリ掴まれ、ずるずると表通りへ引きずり出された。
メロンが足を止めたのは、広場に面した店のなかでも、ひときわ高級そうな食事処の前だった。
看板には、でかでかと、
『超絶特上・飛竜の霜降り串焼き亭』
店先の黒板には、見てはいけない桁数が並んでいる。
メロンは慣れた様子で窓際の席に陣取ると、店主にビシッと指を立てた。
「おやじ! 特上ワイバーン串を十本。昼の豪華ランチセット一式。食後に、幻のメロンパン五個。支払いはこっちの、無事に男としての尊厳を守り抜いたカモ……ネギじゃなくて、財布だ」
「は、はいよォ! まいどあり!」
「ちょっと待てぇ!!」
俺はテーブルを叩いて立ち上がった。
「特上ワイバーン串、一本一万ゴールドだろ!? それを十本!? メロンパンも一個五千!? 隣町の依頼の報酬、まだ入ってないんだぞ! 全部きれいに消し飛ぶわ!」
「あぁん? ソレの値段だと思えば、安いもんだろ。アタシだって、それなりに体力使ったんだ。カロリー、補給させろ」
「……っ!」
路地裏を盾に取られると、ぐうの音も出ない。
卑怯だ。
この恩は、構造的に逆らえないようにできている。
俺は血の涙を流しながら、ツケを頼んだ。
本日、二件目。
串焼き亭の店主まで、俺に向かって手を合わせはじめた。
こうして俺は、汚染値の危機を乗り越えた直後、財布の死刑台へと連行されたのだった。




