【第2話③】衰弱事件とサボり情報屋
その日の帰り際。掲示板の前で、ギルドマスターが声を低くした。
「ああああ。お前、最近の街の噂、知ってるか」
「噂?」
「ここ半月でな。若い男が、ばたばた倒れてる」
……倒れてる?
「病気か何かですか」
「それがな、医者が診ても、どこも悪くねぇんだとよ。ただ、急にげっそり痩せて、ひどいと、自分の名前も思い出せなくなる」
げっそり痩せて、記憶も飛ぶ。
……薄気味の悪い話だ。背筋が、うっすら寒くなる。
医者に分からない不調、というのがまず引っかかる。原因が分かる病気なら、まだ対処のしようもある。怖いのは、いつだって「説明のつかないやつ」だ。
「倒れてる場所はバラバラでな。ただ、なんとなく……街の外側の方に、寄ってる気がする」
「物盗りとか、そういうのじゃなく?」
「財布はそのまま。傷もなし。ただ、中身がすっぽ抜けたみたいに、ぼーっとしてるんだとよ。気味が悪いだろ」
気味が悪い、どころじゃない。
医者にも分からない。傷もない。財布も無事。なのに、痩せ細って、記憶を失う。
まるで、体の大事な中身だけを、ごっそり抜かれたみたいな――。
……いや。考えすぎだ。
考えすぎ、なのだが。
若い男ばかりが狙われている。しかも、街の外側。
俺は若い男だ。残念ながら、ど真ん中で該当している。おまけに、雑用依頼で街の外を歩き回る機会も多い。
関わりたくはない。心の底から、関わりたくない。
だが、関わりたくないことと、何も知らないまま放っておけることは、別の話だ。
「お前向けに、ちょうどいい依頼がある」
「……依頼?」
「大げさに構えんな。正式な討伐じゃねぇ。情報集めだ。街や周辺の聞き込み、倒れた若い男どもの共通点やら、変な噂やらを拾ってくるだけの、簡単な依頼だ」
「……たしかに、内容だけ聞けば簡単ですね。で、報酬は?」
「四百ゼクク」
「受けます」
即答だった。
街や周辺で聞き込みをして、話を集めるだけ。戦闘でも討伐でもない。危ない橋を渡る必要もない。
それで四百ゼクク。
銅貨数枚で生活しているEランク冒険者にとっては、かなり悪くない条件である。
「お前、こういう時だけ返事が早ぇな」
「生活がかかってるので」
聞き込みだけなら危険はないだろう。
「親父。その事件の噂、もうちょっと詳しく知りたいんですが、どこで聞けますかね」
「お、興味あんのか。なら、広場の『メロン』を訪ねな。この街のことなら、あいつが一番の情報通だ。……まあ、タダじゃ教えちゃくれねぇがな」
メロン。
その名前に、俺は思わず、顔をしかめた。
緑髪のメイドエルフ。自称・広場担当警備員。その実態は、ベンチでサボっているだけの、たかり魔。
……と言いたいところだが、世話になっているのも事実である。
この世界に放り込まれたばかりの頃、ギルドマスターを紹介してくれたのも、冒険者としての最低限のイロハを教えてくれたのも、あいつだった。
情報と助言の精度は信用している。
ただし、請求は別だ。
この数ヶ月で、俺の昼飯代をもっとも多く奪っていった女でもある。
「……あいつか」
「なんだ。まだメロンに財布を削られてんのか」
「腐れ縁、ってやつです。主に、俺の財布と」
言いながら、財布がずきりと痛んだ気がした。
気のせいではない。たぶん、予知だ。
とはいえ、事件のことなら、この街であいつ以上に詳しいやつはいないだろう。情報の出どころとしては、確かだ。
……割高だが。べらぼうに、割高だが。
若い男ばかりが狙われている。俺も、対象に入っているかもしれない。
なら、情報だけは取っておくべきだ。
財布のHPは、また日雇いで削り出せばいい。記憶と命は、削れたら戻らない。
俺は重い腰を上げて、中央広場へと足を向けた。
――この一歩が、財布の残りHPを、根こそぎゼロにする道だとは。
この時の俺は、まだ、知らない。




