第6節:魔法使い専門の暗殺屋
「ここが……魔法使い専門の暗殺屋か?」
俺は目の前の店を見上げ、小さく呟いた。
店先に掲げられた看板には、黒ずんだ木板にどす黒い紫色の文字が刻まれている。その文字はまるで血が乾いてこびりついたような、不気味な色をしていた。さらに看板の上には、烏が何羽も止まっていて、ギャアギャアと耳障りな鳴き声を響かせている。
どう見ても、まともな奴が近づくような場所じゃない。むしろ、「関わるな」と全力で警告してくるような店構えだった。
「……とはいえ」
俺はポケットの中の小銭を指で弄び、ため息をつく。
「金がなきゃ宿も借りられねぇし、飯も食えねぇ。結局、仕事するしかないんだよな」
腹も減っていた。選り好みできる立場じゃない。
俺は覚悟を決め、ギィ……と軋む扉を押し開けた。店内に一歩足を踏み入れた瞬間、外の烏の鳴き声が嘘みたいに消えた。
中は薄暗く、ランプの灯りだけがぼんやりと空間を照らしている。店の造りは意外にもカウンター式で、まるでバーのようだった。
ただし、漂う空気は酒場のそれとはまるで違う。静かすぎる。息をする音すら、やけに大きく聞こえた。
「あんた、ここに何をしに来たの?」
カウンターの奥から現れたのは、二十代後半ほどの女だった。
腰まで流れる艶やかなピンク色の髪。白く透き通る肌に、吸い込まれそうな紅い瞳。整いすぎた顔立ちは、まるで人形のように美しい。
……いや、美しいなんて言葉じゃ足りない。絶世の美女。
だが、その美しさとは裏腹に、どこか危険な香りがした。ほんのり赤く染まった頬と、カウンターに置かれた空の酒瓶。
どうやら、かなり酒が回っているらしい。俺は思わず息を呑み、喉が鳴った。ゴクリ――。
その小さな音すら、静まり返った店内ではやけに大きく響いた。
女の細い目が、すっと鋭くなる。
「……もう一回聞くわよ」
さっきまでの気だるげな声が、一瞬で冷え切った。
「ここに何しに来た!!!」
次の瞬間。
ゴッ――!!
女は手元にあった酒瓶を、躊躇なく俺の顔面めがけて投げつけた。
速い。
普通の人間なら、反応すらできない。だが俺は、反射的に身体をひねる。
ヒュッ――!
酒瓶は俺の頬をかすめ、背後の壁に激突した。
ガシャァァン!!
破片が床に飛び散る。俺は女を睨み返し、叫んだ。
「俺は仕事を探しに来たんだ! これでいいだろう!!」
数秒の沈黙。
すると、女の口元がゆっくりと吊り上がった。不気味で、それでいて妖艶な笑み。
「ふふ……」
さっきまでの殺気が、嘘みたいに消えていく。
「あんた……よく見たら、いい男よね」
「……は?」
意味が分からず固まる俺。すると女は、カウンターを回り込み、こちらへゆっくり歩いてきた。
コツ、コツ、コツ――。
一歩近づくたび、甘い酒の香りが漂ってくる。気づけば、目の前まで来ていた。
近い。
近すぎる。
女は細い指を俺の胸元へ滑らせた。
ス――。服の上から、なぞるように撫でられる。
心臓が跳ねた。女は顔を寄せ、熱い吐息を口元にかけながら囁く。
「ねぇ……」
紅い瞳が、真っ直ぐ俺を射抜いた。
「私と結婚しない?」
「…………は?」
思考が止まる。女は妖しく微笑んだ。
「あんた、タイプなのよ」
俺は、こいつを性的な意味でまったく魅力的だと思えなかった。
確かに顔はいい。スタイルもいい。
だが――中身がヤバすぎる。
さっき酒瓶を投げてきたと思えば、次の瞬間には求婚してくる。
頭のネジが何本か飛んでいるとしか思えない。女は俺から少し離れると、鋭い目つきでこちらを見た。
「あんた、ここで仕事を探す前に、ライセンスは持ってるのよね?」
「……ライセンス?」
突然出てきた単語に、俺は眉をひそめた。何のことを言っているのか、まるで分からない。
「ライセンス???」
俺が聞き返した、その瞬間だった。
ドゴォッ!!
「ぐぇぇぇぇっ!!?」
女の鋭い蹴りが、容赦なく俺の股間に炸裂した。あまりの激痛に、俺の視界が真っ白になる。膝から崩れ落ち、床に手をついた。
痛い。
痛すぎる。
魂まで蹴り飛ばされた気がした。女はそんな俺を見下ろし、怒鳴った。
「あんた!! ここで仕事を探すにはライセンスが必要なんだよ!!!」
店内に声が響き渡る。
「私をおちょくってるのか!?」
「な、なんのことだよ……!」
俺は股間を押さえながら、歯を食いしばって聞き返した。
女は呆れたように額を押さえ、大きくため息をつく。そして、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「はぁ……マジで知らないの?」
紅い瞳がじっと俺を射抜く。
「魔法使い専門の暗殺学校――」
女はそこで一拍置き、低い声で告げた。
「その卒業ライセンスのことよ」




