第5節:能力解放
俺は兵士たちに両腕を掴まれながら、処刑台へと連行された。処刑台は広場の中央にそびえ立っていた。地面から三メートルほどの高さがあり、階段を上るたびに足が震える。恐る恐る下を見ると、広場には数え切れないほどの人々が集まっていた。
露店の店主。
酒を飲みながら笑う男たち。
親に肩車された子供。
全員が処刑台を見上げている。その視線の先にいるのは俺だった。
(嘘だろ……)
(本当に殺されるのかよ……)
心臓が嫌になるほど暴れている。喉は乾き、膝は震えっぱなしだった。兵士の一人が俺の頭を乱暴に掴んだ。
「おい、ここに頭をつけて仰向けになるんだ」
「ぐっ!」
後頭部を押され、首枷へ無理やり頭を固定される。木枠には古い血の臭いが染み付いていた。顔を上げると、巨大な処刑刃が見えた。銀色の刃先が太陽の光を反射している。
あと数秒もすれば、あの刃が俺の首を切り落とすのだろう。
(おいおい……)
(マジかよ……)
(俺、ここで死ぬのかよ……)
その時だった。ズキンッ!!頭の奥に激しい痛みが走った。
「がっ!?」
脳みそを直接殴られたような痛みだった。視界が揺れる。
同時に、あの老人の記憶が頭の中へ流れ込んできた。
薄暗い部屋。
不気味な祭壇。
意味の分からない呪文。
そして老人の笑み。
ドン。
ドン。
ドン。
頭の中で太鼓を叩くような音が響き始める。それは心臓の鼓動ではない。もっと重く、不吉で、禍々しい音だった。
(なんだ……?)
(俺の中で何かが目覚めてる……?)
すると老人の声が頭の中に響いた。
『さあ、今だ』
『右手を掲げろ』
『手のひらの目を観衆へ見せるのだ』
言われるまま右手を持ち上げる。そして思わず顔を引きつらせた。
手のひらの中央に目玉があった。白目には血管が浮き出ている。黄色い瞳がぎょろりと動き、まるで生き物のように周囲を見回していた。
(うわっ……)
(気持ち悪っ……!)
(なんだよ、この化け物……)
だが、やるしかなかった。目玉が大きく見開かれる。
その瞬間、黒い霧のようなオーラが手のひらから溢れ出した。オーラは風に乗るように広場全体へ広がっていく。
観衆たちの表情が固まった。兵士たちも動きを止める。
そして全員の目が真っ赤に染まった。
「なっ……」
ドサッ。
一人が倒れる。
続いて二人。
三人。
兵士も。
観衆も。
処刑人も。
まるで糸の切れた人形のように、その場へ崩れ落ちていった。広場には風の音だけが残る。
「な、何が起きたんだ……?」
俺は慌てて身体を起こした。
だが足首は処刑台の金具で固定されたままだ。
「くそっ!」
必死に足を動かす。しかし外れない。
「おい!」
「おっちゃん達!!」
「早くここから出せよ!!」
「寝てる場合じゃねえだろう!!」
半ばやけくそで叫んだ。
すると――。
「ふわぁぁぁ……」
一人の兵士が大きな欠伸をした。
「よく寝たなぁ」
「昨日から徹夜続きだったからな」
別の兵士も目をこすりながら立ち上がる。 次々と兵士たちが起き上がった。
しかし様子がおかしい。誰一人として処刑を再開しようとしない。
まるで昼寝から目覚めたような顔をしていた。
「あっ」
一人の兵士が俺を見た。
「おい、そこで何をしているんだ?」
「危ないぞ」
「ここは遊び場じゃないんだ。ふざけるのも大概にしろよ」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
さっきまで俺を処刑しようとしていた連中だぞ?だが兵士たちの顔には困惑しか浮かんでいない。
本当に覚えていないようだった。
俺が魔法使いだということも。
処刑しようとしていたことも。
全て忘れている。
一人の兵士が尋ねてきた。
「お前さん、名前は?」
一瞬だけ迷う。
本名は危険な気がした。
「……マクスウェル」
咄嗟に偽名を名乗る。
「マクスウェルか」
兵士は気さくに頷いた。
「もうここに来るんじゃないぞ。さっさと家に帰りなさい」
何が起きているのか、俺自身にも分からなかった。
すると兵士の一人が懐から紙切れを取り出した。
「まさかのニートか?仕事が無いなら、君もここへ行くといい」
そう言って一枚のチラシを手渡してくる。俺はそれを受け取った。そこに書かれていた文字を見て、思わず固まる。
――魔法使い専門暗殺屋 従業員募集中――
「……いや、なんでだよ」
俺の右手の目玉は閉じていた。




