対峙 左賢王
宴の雰囲気は最高潮に達していた。
しかし私は気づいた。北戎使節団の方で、
阿史那骨篤禄の目がずっとこっちをうかがっているのに。
私を見ているんじゃない。太后を見ている。
私は心の中でピンときた。
果たして、酒が數回まわったところで、彼が立ち上がった。
「太后様」
太后が顔を上げて彼を見る。
「左賢王、何用じゃ?」
阿史那骨篤禄は殿の中央に歩み出て、北戎の禮をし、それから言った。
「今日は先帝忌辰、めでたい話をすべきなのでしょうが。
しかしわしは北戎の使節として、どうしても申し上げねばならぬことがございます」
太后が酒杯を置く。「申せ」
「三ヶ月前、貴國の三皇子が軍を率いて我が北戎の國境を侵し、
落雁谷にて我が軍と交戦いたしました。
此の戦、三皇子は戦死し、我が軍は大勝いたしました。
草原のしきたりに従えば、敗れた側は、
領土を割き賠償金を支払うことになります」
その場が騒然となる。
「でたらめを!」ある大臣が立ち上がる。「明とお前たちが伏兵を仕掛けて奇襲したのだ!三皇子は罠に掛かったのだ!」
「罠?戦いは勝ち負けが全て、手段など問題ではございません。お前たちは負けた、認めよ」
太后が手を上げて、騒ぎを制した。
「左賢王はどうしたいと?」
阿史那骨篤禄は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これは我が國の可汗が自らお書きになった和議の書狀にございます。
大燕が雲州、朔州、応州の三城を譲り、毎年、白銀五十萬両、絹帛十萬匹を納めれば、
北戎は大燕と永久の盟を結ぶ所存にございます」
三城を譲れ。白銀五十萬両。絹帛十萬匹。
その場は水を打ったように靜まり返った。
私はその羊皮紙を見つめながら、ただ一つのことだけを考えていた、
これは火事場泥棒だ。
三皇子が死んだ途端に、奴らはやって來たのだ。
「左賢王」太后の聲が冷たく冴える。「それは冗談か?」
「太后様、わしが冗談を言っているようにお見えになりますか?」阿史那骨篤禄は笑った。「三城で平和が手に入る。お買い得でしょう。もしお受けにならなければ……」
彼は一瞬間を置き、その笑みは陰慘なものに変わった。
「來年の春、我が北戎の二十萬の鉄騎が、自らいただきに參りまする」
二十萬。鉄騎。
雲霓が隣で小さな聲で言う。「姉さん、あいつ、本気だよ。北戎は全民皆兵で、成人男子はみんな騎兵なんだ。二十萬は、多めに見積もってない、むしろ少ない方だ」
私の心は重く沈んだ。
その時、阿史那骨篤禄の目が突然私に注がれた。
「そうだ、第三皇子妃も今日はお見えとか」彼は私を見て、その目にはからかうような色が浮かんでいる。「三皇子は戦場で命を落とされた。あなたは未亡人として、何かおっしゃりたいことはございませんか?」
皆の目が一斉に私に向いた。
雲霓の手はもう刀の柄を握っている。
私は立ち上がった。
殿の中央に歩み出て、阿史那骨篤禄の前に立った。
彼より頭一つ低いが、私は顔を上げて彼の目を見た。
「左賢王は、私が何を言いたいかお知りになりたいと?」
「お聞かせ願おう」
「私が言いたいのは、二十萬の鉄騎、それがどうした?ってことよ」
彼は一瞬間を置いた。
「我が大燕の兵はいくつある?鎮北軍は六萬、半分は減ったがまだ三萬。摂政王の麾下には三十萬、東北を守る。京城の禁軍は五萬。各地の駐屯軍を合わせれば、五十萬は下るまい」
私は一歩前に踏み出した。
「五十萬で二十萬と当たれば、どちらが勝つと思う?」
阿史那骨篤禄の顔色が変わった。
「五十萬だと?わしを愚か者だと思っているのか?あの兵たちは各々主人が異なる。お前に従うものか?」
「従う」と「三皇子の死が、皆に敵愾心を抱かせるからだ」
彼の目がちらついた。
「なに……?」
「左賢王、私は今日、ここに斷固として申し上げる、雲州、朔州、応州、一寸たりとも讓らぬ。朝貢、一文たりとも與えぬ。戦いたければ、受けて立つ」
私は彼の目をじっと見つめ、一語一語、はっきりと言った。
「だが覚えておけ、お前が三城を要求したその瞬間から、大燕と北戎の間に平和はない」
「ただお前が死ぬか、私が生きるか、それだけだ」
その場は水を打ったように靜まり返った。
阿史那骨篤禄の顔は、豚の肝臓のように真っ赤になった。
彼は口を開け、反論しようとしたが、何も言えなかった。
最後に彼は冷笑一つ殘して、向きを変え自分の席に戻った。
「よかろう。では、お手並み拝見といこう」
宴は続いたが、雰囲気は完全に変わっていた。
私は席に戻ると、雲霓が隣で興奮して私の腿を叩いている。
「姉さん!さっきすごかった!!」
私は何も言わなかった。
さっき私が言ったあの言葉は、彼だけに言ったのではないと知っていたから。
その場にいる全員に言ったのだ。
あの大臣たち、あの將領たち、あの今までふらついていた者たち、
彼らに知らせたかった。三皇子は死んだが、第三皇子妃は生きていると。
大燕は、屈しないと。
太后が阿史那骨篤禄を見た。
その目は、氷のように冷たい。
「左賢王は、いささか酒に弱いと見えるのう」
阿史那骨篤禄は口を開けかけたが、何も言えなかった。
太后が冷笑する。「者ども、左賢王を宮中より送り出せ」
阿史那骨篤禄は面目を失い、素直にその言葉に従い、こそこそと立ち去った。
場內から割れんばかりの拍手が湧き起こった。
私はそこに立ち、あの人たちの崇拝の眼差しを見ながら、心には一片の得意もなかった。
分かっていたから、
このすべては、あの男の努力の賜物だ。
彼は死んで三ヶ月、戦神として、
その精神はまだ大燕國を守っているのだ。
この男……
いったいどんな人間なんだ?
もちろん、彼だけではない。今は私がいる!
——來い。
——私を挑発してみろ。そうすれば、お前を社會的に抹殺してやる。
その時だった。
「第三皇子妃に、一つ質問がございます」
聲がした。
全員の視線が、一人の男に注がれる。




