全ては防ぐ為に
「ひ!」
流石の仙崎さんも、悲鳴をあげて腰を抜かし、壁にもたれかかった。
室井さんは吐き気を催したのか、口元に手を当てて直ぐに部屋を出て行った。
安住さんは悲鳴をあげ、目を背けた。
戸田さんは部屋の外の廊下で、蒼白した様子でへたり込んでいた。
華音ちゃんだけが拳を握り、俺の元へゆっくり歩いて来た。
もう動かないと知りながらも、首筋らしき箇所に手を当て、悔しさと無力感がプラスして圧し掛かる。
一夜の内に、何も無い雪原に突如として現れた磔死体。
雷に打たれた黒焦げの死体。
「1の呪いと2の呪い、じゃないですか?」
止まりかけた思考を切り替えハッとする。
1の呪いは雪、2の呪いは雷?
……3の呪い!
3の呪いは何だった?
「確か、霧だったような」
「霧魅せられし者、呪恨の手引き、地へ落つる」
話してくれたのは安住さんだった。
霧?
地へ?
割れた窓を開け、上を見た。
特に変化の無い2階。
……崖?
だが高い柵を乗り越えなければならない状況。
そう思い視線を3階へと向けた。
3階の窓に見える白い靄。
煙となって窓の隙間から漏れ出た光景。
やばい……!
その時窓が開いてしまった。
逃げ場を得た大量の煙が外に流れて行った。
そこから飛び降りる人の姿をはっきりと見てしまった。
やめてくれ。
そう願った。
その先は崖だった。
願いが通じたのかは分からない。
代わりに、高い塀の鋭利な部分に突き刺さったのが、果たして願いの結果だったのか。
3の呪い。
霧。
呪いに見立てられたのは間違いない。
こんな残酷な善行があってたまるか。
樹さんの部屋から出ると、吐き気がこみ上げ嘔吐する。
それでもこの気持ちは膨れ上がる一方だった。
3つの呪いによって一夜の内に決行された殺人。
自分の無力さを呪う事は出来ても事実は決して変わらなかったから。
大型の自動巻き取り用ホルダー。
普通に考えれば製作すらしない。
吉野君の考え方を借りるのであれば。
どのような状況或いは環境であれば。
その製作が行われる状況が可能になるのか。
足取りが掴めていないのはその辺りに理由があるに違いない。
ならば少し見方を変えてみる。
製作をやらない理由ではなく、製作が可能になる為の方法を。
例えばそう。
インターネットでの注文ならどうか。
今の時代、ネットで注文が出来る会社は数多く存在している。
これだけの膨大な情報から絞り込むのも難しいが、1つ1つしらみ潰しに探すのも気が遠くなる。
それでも掴めそうな手がかり。
鮎川君から殺人予告が送られた事を聞かされた。
頼むぞ吉野君。
私達は目立たない所で活躍(とは言わないだろうか)してみせようと、PCを立ち上げた。
「残る呪いは1つ。だからまだ誰かが何かをしようとしてる可能性が高い。お願いします。出歩かないで下さい」
事件が起こった後だからだろうか。
翔太さんがあれだけ事件前に部屋を回って誰も出なかったのに、今はこうして一言言うだけで食堂に留まってくれているのは。
何かが起こらないと人は動かない?
それとも動けない?
それはどうしてだろうと考える。
人それぞれに、やる事があるから?
それを邪魔されると、人は嫌がる。
パーソナルスペースを侵されると、生物は危機を覚えるから。
きっとこれは思いではなく反射なのだろうと思った。
私もそんな、終わってから後悔もせず、こうやってぼんやりと考え込むだけの人間だから。
それならそれなりに。
今やれる事をやる事は出来るから。
この際だから兄さんについての事は。
事件が終わるまで置いておこう。
翌日、あたしはまた楓さんに呼ばれていた。
昨日話しそびれた事を話すため。
森田さんに案内され、楓さん専用の情報管理ルームに入ると既に楓さんはいた。
「ごめんなさいね。連日呼び出してしまって」
森田さんは飲み物を置き、失礼致しますと言って部屋を出て行った。
「由佳ちゃんにお願いがあるわ」
呼ばれた理由は何となく察しがついてた。
「犯罪を犯してでも造ろうとしている、犯罪が0の世界」
犯罪を犯してでも。
そんな世界は馬鹿げている。
それに翔太を利用しようとしているのも。
「本当にね。だから手伝って頂けるかしら?」
私が嫌だと言ったら?
「翔太君に頼むだけよ。けれど翔太君はそんな所に留まっていてはいけないと由佳ちゃんは知っている。だから私は由佳ちゃんに話を持ちかけるし、貴女ははいと返事をするだけよ」
やっぱり。
この人は好きになれなかった。
あたしがどう返事をするか分かった上でこんな『お願い』なんて。
敢えて演じてるのだ。
こう言う立場にいる人って皆そうなのだろうか。
「やって頂けるかしら?」
癪ですね。
本当に。
嫌です。
あたしはきっぱりと拒絶した。
「こう言う時、由佳さんと桜庭さんは何をされていたのですか?」
華音ちゃんの表情は、事件前と少し変わっているように見えた。
「お2人ともいらっしゃいません」
だから2人の代わりをする、と言う事だろうか。
改めて、久遠が俺と華音ちゃんだけを呼んだ理由を考えた。
楓は財閥のお嬢様と言う立場とその圧倒的なネットワークだろう。
わざわざ呼び出して犯罪を実行するのだ。
楓がいれば膨大なネットワークから情報を探り出せてしまうかも知れない。
だからわざわざスマホが使えないような場所を選び、楓を呼ぶ事による制約を設ける。
それは分かる。
けど、由佳は?
理由が分からない。
事件の手助けをしてる訳でもない(って本人に言ったら殴られるから言わないが)のに、久遠は由佳を事件から遠ざけた。
由佳がここに来た場合を想像してみる。
……あ。
答えに辿り着く。
由佳は素直じゃない所はあるけど、真っ直ぐなのだ。
変に捻くれて考える(事もあるかもしれないが)事無く、単純に俺の為と協力してくれる。
多分、由佳が来てれば昨日の夕食前に、誰かから話を聞けたかもしれなかった。
やっと分かった。
これは殺人を最後まで実行する為に必要な事だった。
多分、ここまでは計画通りなのだろう。
4の呪い。
雨。
雨浴びし者、呪恨を悔い、御闇に消ゆ。
悔いると言う事は、4の呪いを以って犯人が自殺する。
或いは逃亡する。
だから3の呪いまでが行われ、4の呪いが実行されないと言う奇妙な状況が生まれた。
殺人が成功したかどうかが確認されなければ、意味が無くなってしまう。
なら、今必要なのはやはり食堂に一緒に残って貰う事だった。
「何かあったらここから叫びます」
何故かは分からないけど、華音ちゃんらしいと思った。
ここに来てようやく笑う事も出来るようになったなと思いながら。
まずは遺体をどうにかしてから事件を考えよう。
解決する為ではなく、4の呪いを防ぐ為に。
久遠正義。
お前のやり方を潰す。
殺害方法は分からない、幾つもの不可能犯罪。
こんな方法で救われる人なんて1人もいない!
方法なんてまだわかんねーけど。
この不可能、俺が可能に変えてやる。




