実行された呪い
朦朧とした意識の中、華音ちゃんをベッドに寝かせた。
良かった。
ただ華音ちゃんは寝ているだけのようだ。
規則正しい寝息を確認し、途切れるまでの間に考えられる事を考える。
あの状況で睡眠薬を?
どうやって仕込んだ?
均一に置かれた食器に、席は自由に座った筈。
これだと犯人だって睡眠薬を飲まざるを得ない筈。
皆同じ料理を食べた筈。
クソ。
体に動けと訴えるも、床に膝をつき、ベッドに突っ伏すようにして記憶が途切れた。
また、防げないのか?
立ち上がれない自分には、何が足りなかったのだろうか。
樹美津子。
貴様には世にも恐ろしい死をくれよう。
何れ同じ処へ行こう。
その死を確認した後で。
計画通り、素早く眠った樹美津子を抱きかかえ、部屋へ向かう。
残り後1人。
私は馬鹿馬鹿しいとチャットを切ろうとしたら、由佳ちゃんに止められた。
『maple_blossom :あんたは翔太を道具のように利用してるのは許せない』
勢いのままに由佳ちゃんに席を譲ってしまい、溜息をついて席に座った。
完全にやられてしまった。
言われて見れば、呪恨館についての事を何も調べられていなかった。
予め曰く付きと分かっていたのであれば、詳細まで調べておくべきだったのだ。
自分の迂闊さが、翔太君の足枷となってしまった。
思わず取り出した煙草を、無意識の内に握り潰していた。
生方洋司は既に自室の部屋の床の上に寝かされていた。
そんな様子をどんな表情で人影は見下ろしているのか、誰も知る事は無かった。
さて。
今日が終われば計画は8割完了。
後は自分自身で決着をつけるか。
或いは吉野翔太が止めるか。
それは彼ら次第だろう。
その前に、呪われた次の運命を断ち切る準備を進めよう。
ここまでで分かった事がある。
何かを行う為の舞台にしたとしか思えない建物は。
同じ人物によって造られたものであった。
その人物は何の為にそんな事をしようとしたのかの目的は恐らく。
もう生きてはいないが、何かの願い。
それを確かめる必要はある。
その子孫、或いは関係者がいる。
目的はそいつを殺す。
そんな下らない建造物を自分で破壊せずに後世に託して死んだ輩は後で裁くとして。
のうのうと生きている関係者、子孫は全て消す。
死んだ人間を殺す方法をまだ思いつかないが、問題は無い。
後でゆっくりと行えば良いのだから。
「何回も……たんだ」
「決して……ないんだ」
「もう、戻れない」
また見たあの夢。
どこかで聞いた事がある声なのに思い出せない。
夢の中で、私は真っ暗な中。
必死にもがいた。
だけど何も変わらなかった。
頭が軋む様に痛む中、ベッドからゆっくりと起き上がった。
……起き上がった?
どうして俺はベッドに寝てる?
って何で華音ちゃんが隣で寝てるのしがみ付いてるし!
ゆっくり華音ちゃんを剥がし、そんな場合じゃないと飛び起きる。
あの強烈な眠気は間違い無く睡眠薬。
急がなければと視線を移して目を見開いた。
昨日と同じ、雪が降る中庭の幻想。
その幻想の真ん中に、昨日は確かに無かった十字架。
バカな!
中庭は昨日と同じ。
雪が降っていてとても綺麗だった。
真ん中に十字架が現れている事を除いて。
翔太さんは十字架へ走って行った。
そんな翔太さんの足跡以外、全く綺麗な雪面。
けれど、そんな中庭の中央に、2mもある十字架が突き刺さっていた。
そして、十字架に貼り付けにされている人がいた。
それは和久津蛍さんその人だった。
死んでいるだろう事は、胸に突き刺さったナイフが物語っていた。
恐怖を煽るように烏の鳴き声が大きく響いた。
翔太さん達は、こんな異様な現場に何度も遭遇してきたのだろうか。
何も無かった空間に突然現れた磔死体。
それは呪いを信じずにはいられない現象だった。
「くそ!」
翔太さんは死体の首筋に手を当て、握り拳を握った。
私は十字架を持ち上げてみた。
ただ置いてある可能性もあると、漠然と思ったから。
ビクともしないそれは、確実に地面に刺さっていた。
翔太さんは辺りを見回すも、勿論高い木も、何かを仕掛けた跡も何も無い。
「周りには何も無いどうやって!」
「きゃああああああああああ!」
誰かの悲鳴が聞こえた。
現実のものとなってしまった殺人事件。
どこかで私は楽観視していたのかもしれなかった。
翔太さんに兄さんの事を聞けるかもしれないなんて。
この場に来たらそんな事を言ってる場合ではない事を。
来る前の私は知らなかった。
これは久遠が計画しただろう事件。
そこに事件を解決した俺をわざわざ呼んだ本当の理由が何かあるとだけ思っていた。
焦燥感と走っているせいで息が上がっていた。
殺された和久津さん。
今の悲鳴。
1人ずつ殺害するなんて書いてなかった。
全員を眠らせて、その間に全てを終わらせるつもりなのか。
悲鳴があった方へ。
玄関前のフロアには他の人も集まっていた。
「今の悲鳴何なん?」
「ゴキブリでも出たの?」
俺は和久津さんが殺された事を手短に告げ、食堂の方へ急いだ。
こっちの方から聞こえた筈だから。
けど食堂の中は変わった所も無く、誰もいなかった。
確かにこっちの方だった筈。
「お、おいあれ!」
室井さんの言葉に窓の外を見た。
すぐ傍の部屋が窓越しに見えた。
怯えながらイスに座り、天井を見ている樹さんの姿。
あそこに犯人がいる?
生方さんだけがいないという事は?
瞬間、部屋の中が光った。
「ぎゃあああああああああああ!」
樹さんの絶叫が響いた。
残酷な光景だった。
天井から落ちる雷が、避雷針に落ちるかの如く、樹さんへ絶えず落とされていた。
吐き気がこみ上げそうなのにも拘らず、それ以上の恐怖で動く事が出来なかった。
「やめてええええええええええええええ!」
ただ悲鳴が木霊した。
地獄。
大声で止めろと叫ぶしか出来なかった。
嘲笑うかのような雷によって、部屋が燃えているのが僅かに見えた。
そうしていつしか悲鳴が聞こえなくなった。
……やばい!
無音はいつしか烏の鳴き声によってかき消された。
食堂の外は腐臭で満ちていた。
理由は分かっていた。
それでももしかしたら生きているかもしれない。
助けなければ、殺人が本当に実行されてしまう。
そんな思いが無意識にあったからこんな状況でも動けたのかもしれないと、後になって思った。
けど、扉は内側から鍵が掛かっていた。
それはつまり閂が下りていると言う事。
だけどあの状況で犯人が部屋にいるとは思えなかった。
何度も体当たりしてみるが、ビクともしなかった。
窓から外に出てみたが、足跡は何も残っていなかった。
窓にも鍵が掛けられていた。
窓ガラスを拳で叩き割り、煙が充満する腐臭に鼻がもげそうになる。
火は既に消えていた。
床に大量の烏の羽。
中央には。
イスに座っていた樹さんは、変わり果てた黒い肉塊となって俺の目の前に鎮座していた。
腕と思わしき部分には手錠。
それだけではなく、動けないように体中が固定されていた。
……それがあの残酷な光景を作り出していた。
これをお前が計画して、実行させたのか。
「翔太さん! 開けて下さい!」
華音ちゃんの声にハッとし、確かに降りている状態の閂を開け、華音ちゃんを初め全員が部屋に入って来る。
そして目に入ったであろう地獄の光景。
これがお前が言う、0の世界か?




