タイムリミット
こんな大雪を間近で見るのは初めてだった。
だけど、何かを楽しむ余裕も無い。
底まで伸びているような谷底を、人が1人通れるほどしかない橋だけで繋がっていた。
烏の鳴き声が、恐怖を更に煽る。
翔太さんは、そんな橋を恐れも無く進んで行っているように見えた。
遅れないように、翔太さんの後を追いかける。
振り返ると、桜庭さんが心配そうな表情でこっちを見ていた。
その視線に、多分私は入っていない。
「気を付けて。翔太君」
その言葉に翔太さんは手を上げて答えた。
本当に桜庭さんも事件を防ぎたいと考えているのなら、桜庭さん自身で守れば良い。
私ならそうする。
けれどそれをしないのは、翔太さんをそれ程までに信頼しているか。
或いは自分に出来なくて悔しい気持ちでいるのか。
今までに何があったのかが垣間見えた気がした。
誰が、何の目的でこの呪恨館を建てたのか。
以前楓が言ってた通り、悪意を持った誰かが、何かの目的で館を建てたのだろうか。
そんな事より目の前で起ころうとしている事件を防ぐのが先決。
華音ちゃんがとある物を指差していた。
「何か書いてあります」
それは2m四方もある大きな石版だった。
1の呪い。雪。
雪歩む者、呪恨を纏い、御光に現る。
2の呪い。雷。
雷打たれし者、呪恨の導き、天へ発つ。
3の呪い。霧。
霧見せられし者、呪恨の手引き、地へ落つる。
4の呪い。雨。
雨浴びし者、呪恨を悔い、御闇に消ゆ。
「これ……何ですか」
呪いなんてものの存在は信じない。
だとしたら、作った理由がどこかにある筈。
以前訪れた花園塔(怪2参照)だって、復讐をされない為と言う下らない理由があった。
なら。
この呪いの石版にも。
多分意味がある筈。
「1の呪い。雪」
ビックリして振り向くと、中年の女性が立っていた。
全身黒の服装は、絶えず煩く響く烏を思わせた。
「雪歩む者、呪恨を纏い、御光に現る」
「この文章は、何ですか?」
「この館に伝わります、呪いの伝承でございます」
……それを信じてるって事なのだろうか。
或いは、何か理由が?
「呪い、ですか?」
「ええ。天罰の呪いが下るのです。これはそれを忘れないで頂く為のもの」
……。
この世に呪いは存在しない。
目の前の女性の底無しの笑顔から、まるで呪いが本当に存在しているかのような不気味さを受けた。
帰り道の車の中。
私は只管考えた。
私以外に調べている人がいる何か訳ありの建物。
そして今回の殺人予告がその場所。
思いつく限り、調べている人間に当てはまる人物は1人しかいなかった。
でもだとしたら、何の為にそれを行っているのか。
それをどうやって調べる?
ヒントになるのは、彼の殺害動機。
単純に、悪を裁く。
或いは将来の悪の芽を摘み取る。
基準は久遠自身。
自分は悪なれど。
行う事は善。
パターナリストが考えそうな典型的身勝手。
その考え方と、訳ありの建物がどう繋がるのか。
そして、キラークイーン。
翔太君の推測を聞いて昇天した。
けれど、久遠自身が有村秀介君に殺人教唆をしたのだとして。
自分の名前を名乗らないのは気になった。
それに、キラークイーンが死に、その遺産相続と言う名目で翔太君達はトランプ館に向かった筈。
死んだと言う名目にする理由が見当たらなかった。
自分が悪だと言う覚悟。
それを久遠は持ってしまっている。
であれば。
キラークイーン=久遠と言う等式は成り立たないと判断する。
溜息をつく。
推測を立てられるのはここまで。
後は調べた結果でしか物語る事に意味は無い。
森田さんに急いで頂戴とお願いし、雪の降る窓の外をジッと見た。
「申し遅れました。私は樹美津子と申します。この館の主でございます」
女性、美津子さんに案内され、入った中は温かかった。
それでもひんやりとしたものを感じるのは、玄関正面にそびえ立つ烏の銅像に他ならなかった。
翔太さんも驚いた様子で銅像を見上げていた。
一言で言えば、怖い。
それだけだった。
なのにも拘らず、美津子さんが先程から笑顔を絶やさないのはどうしてだろうか。
「これは呪恨様。守り神のようなものです」
それでも恐怖を拭いきれないのは、ここで殺人事件が起きようとしているから。
「こちらです」
吉野翔太は、今頃館に入った事だろう。
携帯も使えない場所にある為確認は取れないが、彼なら止めに来る。
いや、止めに来なければならないと言った方が良いだろうか。
まあ、今の彼に止める事は出来ないだろう。
まだ私を止めるには早い。
そして最後の仕上げまで、私が出向く事も無いだろう。
1つ、相手をしようか。
私の事をどうやら嗅ぎ回っているらしい、相手を。
良くあるチャットプログラムを立ち上げた。
目が見えるだけで、こんなに音に滑らかさが出るのでしょうか。
それとも、無意識の内に様々な事から開放されたと思っているからでしょうか。
経緯だけは伺いました。
私と良く似ていると思いました。
だからこそ分かりました。
この人も、きっと何か信じているものがあるのだと。
それが何かまでは分かりません。
ですが、殺人を犯そうとしてまで守りたいものがあるのは理解出来るから。
俺は疑問に思った。
何の連絡も無しにここに来た筈。
それなのに、樹さんが迷わず俺達を部屋に案内したのは何故なのだろうか。
「面白い事を仰いますね」
「どう言う事でしょうか?」
……まさか。
「ここは宿泊施設としても、ご案内させて頂いておりますので」
……なるほど。
館の主であれば、殺人の行い易さと言う点では最も当てはまるだろう。
それに……。
部屋にはこれと言った構造的な特徴は無かったけど、ランプが印象的だった。
「宿泊施設としても、とはどう言う意味なのでしょうか?」
他に何か目的があって作られた。
その目的を樹さんは知ってる。
でもどうしてか、華音ちゃんには何とも言えないとだけ答えた。
「本当に何も知らないのですか?」
華音ちゃんはそれでも嘘だと見破っているようだった。
……ここでも俺は、何かを秀介に重ねていたのだろう。
昨日まで本当の事を言えなかった理由も多分、どこかに秀介みたくなってしまわないかと思っていたから。
もう、気付いていた。
犯罪をどうして防ぎたいと思ってるのか。
秀介の為なんかじゃなかった。
誰かが犯罪を犯す度に、俺は秀介を思い出す。
秀介を親友だと言っておきながら。
きっと俺は。
そんな自分を一番許せないでいる。
「翔太さん?」
ハッとして顔を上げた。
無意識の内に俯いて考え込んでしまっていたのだろう。
華音ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
ノックの音と、樹さんの声が聞こえて来た。
「お食事は7時からとなっておりますので」
部屋から遠ざかって行く足音。
今の時間が3時。
後4時間しかない。
この館をくまなく調べ、どうやって殺人をして来るのかを調べる必要がある。
息を吐き、俺は立ち上がった。
殺人が起こってしまったら意味が無い。
自分にそう言い聞かせた。




