健気なまでの性善説
川に溺れても、私は水が怖いと思う事はありませんでした。
たまたま運が悪かっただけだと思っていました。
皮膚は自然治癒で痕が残る事はありませんでしたが、目の損傷はどうしようも無かったそうです。
それも、移植をすれば良いと医者の方は仰って下さりました。
そんなある日、知ってしまいました。
お姉様方が、私が川に落ちるよう、岩場に細工をした事を。
何がいけなかったのだろうと思いました。
自分の欠点は、自分では気付かない所にある事は知っていました。
それから、何故か私は見えない事を良い事だと思うようになりました。
見えるのが怖いと言う事だと思います。
人には表と裏があると知ってしまったから。
義眼を入れて頂き、私は拒みました。
そうすると不思議なもので、人の心が、言葉から見えるようになりました。
そして、その心は決まって悪意に満ちている事も。
それでも、それは私が悪いと思って、振る舞いには細心の注意を払う事に致しました。
人は、皆分かり合えると。
私自身が変わる事で、周りも変わって行く筈と、思っていました。
きっと、性善説を信じていると言う事なのかもしれません。
「……ありませんわ」
「星! あなた……」
星さんに聞きたい事が山ほどあった。
事件が起こる前に助ける事が出来た初めての人だったから。
「寸分違わない推理、素晴らしいですわ」
そんな事はどうでも良い。
だから話してくれ。
結果的に犯罪を助けてしまった俺の声が、果たして星さんに届くのかは分からなかった。
「どうして!? どうしてこんな事!」
響さんが取り乱していたから、俺は幾分か冷静でいられた。
「……」
星さんは無言だった。
そんな星さんを、響さんは抱き締めた。
ギリギリと。
ここまで骨の軋みが聞こえて来そうな位の、強い力。
「教えて……お願い……」
「話してもらえるか?」
「翔太さんは、私の話を聞きたいですか?」
星さんの心は、実の母親の事など見ていなかった。
そんな態度にやりきれなさを感じ、俺はお願いしますと言った。
「分かりました」
笑顔だった。
笑顔は、とても儚かった。
自分が殺人を行った事を認めた星さんに、あたしが何かしたら、翔太は絶対にあたしを止める。
そんな事は翔太にさせたくなかった。
「……それでも私は、お姉様方を信じていたかったからです」
「どう言う事!?」
100%じゃなくて良かった。
翔太はそう言った。
どうしてそんな方法を使ったんだろう。
翔太の推理を聞いても、納得しきれない部分があった。
「私を殺すなんて、もうそんな事しないと、愚直なまでに信じていたかったんです」
もう……?
信じたくない事が頭を過ぎり、離れなかった。
翔太はハッとした。
「星さんが失明した5年前もまさか…」
「偶然聞いてしまったのです。偶然に見せかけて川に落ちるようにした事を」
「何て事を……」
「別にその事は良いんです。もう過ぎてしまった事ですし、目が見えないからこそ手に入れたものもありますから」
そんな事無い。
自分の家族にそんな事されて。
平静でいられる訳無い。
「ですが、父が長くない事を告げられた時、信じられない事をお姉様方は話されていたのです」
「まさか……」
翔太は目を見開いていた。
「再び偶然に見せかけ、私を殺そうと」
病院近くの海岸に行きたいとお父様に言ったのは、話を聞かれたくなかったからでした。
そんな中、私はお父様に相談しました。
偶然に見せかけて私を川に転落させた事。
遺書の話を聞いて、再び私を殺そうとしている事を話しました。
遺産を誰が相続するか。
まだお父様は誰にも言っていない状態でした。
それなのに私を殺そうとするのは、私に何か原因があるのでしょうかと。
「そんな事を……あいつらが……」
私は、何をしてしまったのでしょうか。
至らない点がありましたら直します。
お父様!
何がいけなかったのですか!
私は見えない中必死に叫びました。
「殺される程の事はしてない。絶対にだ」
ですがそれならどうして?
どうしてですか?
信じたくなかったのです。
お父様も、答えに迷われている事が何となく伝わって来た時、男の人の声が聞こえました。
「確かめて、みたいかな?」
呪われた少女だ。
こんなにも世界の為に変わろうとしているのに、閉じた世界では正義など何の意味も成さなかった。
だが、それを少女は認めたくないのだろう。
「あなたは……」
館華清。
一体何をしていたと言うのか。
これ程までに思い悩む娘を。
救われるべきものが救えないのは。
関わった全てにその責任があるのだ。
人脈が。
金が。
それほどまでに重要か。
「…どちら様でしょうか?」
涙を拭き、それでも少女は私に問いかけた。
5年前に偶然に見せかけて失明させられそして父親の財産を手に入れるために再び必然を偶然に見せかけようとしている。
今の状況で少女を救えるのは。
最早私しかいなかった。
遺産を相続しようが。
遺産を放棄しようが。
どちらにせよ、少女の未来は死。
館華清は、忌々しげに私を見ていた。
最早興味は無いのだが。
再び少女に向き直った。
どうでしょうか?
確かめてみたいと、思わないか?
少女に提案した。
「星に素直に殺されろとでも言うつもりか貴様!」
いいえ。
少なくとも、お嬢様は信じていないよう、ですよ?
健気な少女を健気なまま救う事は出来ない。
だが、救わなければ命は人知れず消える。
少女がいるのはそんな状態だ。
「私が、協力しよう」
さあどうする?
勿論何も起こらなければ、少女も納得するだろう。
最早手遅れである事は、今は必要ではない情報。
「貴様……」
「確かめてみたいです」
どうしてこの人からは、悪意を感じないのでしょうか。
暗闇の中の音だけの世界に、どうしてこうもすんなりと入ってくるのでしょうか。
「星!」
お父様からも、勿論悪意は感じません。
ですが、それとは違う、何か。
「愚直なまでに性善説を信じる。そんな貴女に、問いかける。殺人が実行される事が分かったら。彼女らを、どうする」
殺人が実行される事が分かったら?
……。
それでも私は、信じていたいです。
けれど、そう言う事を聞いているのではないと感じました。
「私としても。殺人を犯すやり方で財閥を継がれても、未来に犯罪が増えていくだけ、と考える」
「まさか……」
「どのような方法で、お嬢様を偶然に見せかけて殺すのかは、分からない。だがもし計画が本当ならば、彼女らにも相応の罰が、必要だ」
嫌でした。
私は確かめられれば良い。
それだけでしたから。
「計画が実行されると、分かった時点で。君は、死ぬ。私は、君を救う」
……私を、救って下さる?
救われる価値があるのでしょうか。
私に。
勿論だと、仰いました。
「計画が残忍であればあるほど、利用する事で。死に至る可能性は、高くなる」
お姉様方の計画が無ければ、何も起こらない、と言うわけですか。
「星! こやつの話を鵜呑みにしてどうする! そんな事が起こればどうなるか」
……分かっています。
お父様。
「さあ、どうする? 館華星」
それでも、私は。
「申し訳ございません。お父様」
少女は目を見開いた。
なるほど。
心は確かに性善であるのだろう。
館華星。
君の闇はそこに隠れていたわけか。
黒目の無い、義眼か。
「星……本気か?」
「私は、お姉様方を信じたい」
どんな人間にも、善と悪が両方存在しているもの。
ただし、善が正義とは限らない、
「ですが裏切られた世界なんていらない」
素晴らしい。
私も、君のような人間が生きられない世界はいらない。




