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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪7 蛍火館の性悪
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執着

 ビックリした。

岳さんがフォークを落としただけか。

「大丈夫ですか? お兄様」

「だ、大丈夫だよ星。 ……食器を落としちゃっただけだから」

「私のをお使い下さい。使用していませんから」

 雅さん。

笑ってないで手伝ってやれよあんた……。

「あ、ありがとう。星」

 星さんが立ち上がったのは、フォークを取る為だろう。

フォークの場所を聞き、由佳が星さんを支えた。

どうぞと星さんに渡したフォークを、嬉しそうに受け取った。

岳さんは食べるよりも新しいフォークを取る位しても良いんじゃねーか?

「本当に、良い音です」

 きっと、スッと入り込んで来てくれる、優しい音のような善意。

星さんのヴァイオリンを聞いて、漠然としていた『音』の正体だと思った。



 久遠の消息は、今尚掴めてはいない。

緊急配備を要請してから既に12時間。

しかし逆を言えば、奴が蛍火館に姿を現す可能性は極めて高い。

そして起こってしまった殺人事件。

詳しい現場は着いてからにするとして。

奴の確保を最優先にと伝えた。

殺人事件は、私が何とかするしかない。

今後起こるかもしれない大量の犯罪も。

目の前で起こっている1つの殺人事件も。

何としても止めなければならない。

あと少しの道を急いだ。



 時刻は9時を回っていた。

食事を終えた館華家の人間達は、既に部屋へと戻って行った。

そんな中、全身を震わせながら階段を上って来る館華岳の姿があった。

1歩1歩を辛うじて踏みしめているが、明らかに様子がおかしい。

「何で……僕の体……」

 そう思った時には階段から足を踏み外し、館華岳は悲鳴をあげた。



 遺書の公開は明日。

何かが起こった様子は無いが、一刻も早く何とかしなければならない。

方法が分からず唸っていると、微かな悲鳴。

嫌な予感より早く、部屋を飛び出した。

2階への階段の前で、蹲っている岳さん。

「大丈夫ですか!?」

 蹲っているが、まだ意識はあるようだ。

ホッとした。

しかし、現場がまたここ……。

やって来る雅さんと響さん。

「岳!?」

「どうして!?」

 震えている様子の岳さん。

一体何があったのか。

「う……姉さん……」

 苦悶の表情を浮かべながらも、姉である雅さんを見ている理由は何なのか。

「一体何があったのですか?」

 遅れてやって来た星さんに、由佳が詳細を話すと、星さんは両手を口元に当てた。

……そしてこの期に及んでもまだ行動しようとしない家族に嫌気が差した。

もうすぐ警察が来る。

雅さんの表情が一変した。

「勝手な事しないでよ貴方! 何の権利があってそんな事したのよ!」

 関係無い。

もうこれ以上、好きにはさせない。

人の命を守って何が悪い。

扉が勢い良く開いた。

全員が振り向いた。

……良かった。

遅かったから心配していた。

血塗れの床、蹲っている岳さんを見て、倉田さんは何を思うのだろう。

むせ返る血の匂いに顔を歪め、倉田さんはゆっくりと歩いて来た。

そして全員に警察手帳を見せる。

「残念ですが、到着しました」



 さて。

蒔き終えた種は、発芽を待つのみ。

後は、私を追っている組織をどうするか。

警察は容易だろう。

そもそも、常に移動と変装を心掛けていれば、捕まる事などあり得ないのだ。

それまでに全てを終える。

だが、それ以外に、動いている組織。

1つはもう判明した。

桜庭の財閥。

少々厄介だが、動きを封じ得る感情を持った人間が指揮を執っている。

彼女に感情が無ければ危なかった。

もう1つ。

謎の犯罪組織。

何とかしなくてはならないだろう。

犯罪組織が互いに協力し合うと思ったら大間違いだ。

彼等には彼等の美学がある。

そして私には譲れないものがある。

そろそろ迎えに行くとしよう。

美学が守られるか、崩壊するか。

見届けるのも悪くない。

さあ。

吉野、翔太。

君にしか出来ない大役だ。

空を見上げれば当たり前に存在している星ではないのだ。

0の世界。

ビルの屋上の扉を開けると、満点の空に広がる星。

プロペラの轟音。

迎えに行くには少しばかり派手かもしれないが、その方が良いだろう。

スマホが着信を告げる。

私は操縦士に合図し、スマホを取った。



 館華響は、力無くスマホを下ろした。

これから一体どうすれば良いのか。

窓の外から見える蛍がランダムに発光する姿は、いつ見ても美しかった。



 惨い事を……。

現場を見て最初にそう思った。

現場検証を刑事達に任せ、報告を待つ事にする。

問題は館華岳の容態。

「岳さん、そんなに重症なんですか?」

 容態は何とも言えないが、殺人予告が来た現状では、一刻を争うと考えた方が良い。

パトカーで急いで搬送中。

とりあえずやれる事はやった。

吉野君に、少しは頼もしさを見せられただろうか。

さて、乾ききった血溜りに視線を移す。

刑事からの報告を聞く。

館華愛の死亡推定時刻は、今日の午前0時から1時の間。やはり凶器は鎌。

「……殺害現場はここ、ですよね」

 詳しく調べてみないと何とも言えないが、血溜りの血液は、人間のもの。

血を抜いた形跡も無い。

吉野君の言う通り、ここで殺害されたと言う事。

そして館華岳は、今の所は何とも言えないが、薬物による症状である可能性が高い。

そして襲われた館華星。

遺産を巡るものだとするならば、館華雅と館華響。

この2人も危ないが、明らかな計画殺人。

そしてこんな土地に来る外部の人間はいないだろう。

だが、一体誰が実行したのか、皆目検討もつかない。

人を恐怖に貶め、平然と殺人を実行して行く。

前回の奴が行った方法と良く似ている。

「久遠……正義……」

館周辺も徹底的に捜索している。

だが、悔しいが期待は出来そうも無い。

「とりあえず、ここを出ましょう」

 吉野君の発言に、館華雅、響は首を振った。

この期に及んでまだ固執するか。

「明日までは、ここにいると言うお父様の遺言です」

 館華雅は振り返り、我々を見た。

「命も大事なのは理解しています。しかし目の前の遺産を諦めたら? 寄付なんてされたら財閥は解体! どれだけの人が職を失うと思っているのですか!」

 一歩も譲らないのはお互い様……。

吉野君が言い返せないのは仕方の無い事だった。

桜庭君がいたなら無理にでもここから出る方法を考えられたのかもしれない。

なるほど。

桜庭君を今回来させなかった理由と言う事か。

「刑事さん。マスコミにはどうか……」

 報道規制は出来る。

私の私情はともかく、事件があったとなれば多くの企業や組織。

或いは経済界自体に打撃が出る可能性がある。

正当な理由で可能かもしれない。

「兎に角、星さんだけでもここを出た方が」

「勿論私も残ります」

 力強い声だと思った。

目を閉じたままなのは、何故だろうか。



 どんな理由があっても、目の前で殺人が行われている状況で、遺産に固執する意味が分からないと思った。

だけど、それに星さんも加わろうとしている。

どうしてだ。

どうして人間は金に執着してしまうのか。

どうして俺は、そんな星さんに納得しかけているのか。

「その為にここに参りましたから」

「星……さん?」

 見えない事を不幸とは思っていない。

芯のある強い思いだとあの時思った。

「星……良い度胸ね……」

「お姉様に比べましたら、まだまだ未熟ですわ」

 笑顔の中に、星さんの闇を見た。

「3人の強い希望であれば、我々はこの状況でどうする事も出来ない」

 握り拳を握る倉田さんは平静を努めていた。

何故全員残る?

殺人を実行する為?

或いは本当に遺産の為?

警察が来た状況で尚、明日、殺人を実行するつもりでいる?

それだけは絶対に止めなければならない。



 あの穀潰し……。

由佳ちゃんまで連れて……。

今までは連絡をしてたから帰って来たらスリーパーホールドで済ませてやったのに。

部屋には動物のぬいぐるみをありったけぶち込んでやった。

どれだけ心配するか、そろそろ身を以って体験しておくべきだろう。

翔太の部屋から見つけたダンボールには、大量に入った蛍の死骸。

既に丸1日以上経っていた。

ただ事じゃ無い事に首を突っ込んでいるのだろう。

どこに行ったかさえ見当がつかない。

リビングをうろつき、苛々していると、スマホの着信音。

やっと連絡してきたかと画面を見ると、『桜庭楓』。

余計に苛々する名前だった。



 飛び交う蛍。

木々に止まっている蛍。

ランダムに発光する淡い光。

夜なのに、ただ空を見上げている星さんを、あたし達は認識する事が出来る。

見えない中、星さんは何を視ているのだろう。

心の闇?

未来?

それとも過去?

煌びやかに輝く芸術の中心で、星さんは何を思っているの?

「翔太さんと由佳さんですか」

 足音だけで、もう分かってしまうのか。

「お2人はいつも一緒ですから」

 ……。

取り合えず翔太を殴った。

「八つ当たりしないでお願いだから!」

 星さんは笑った。

「私に何かご用なのですね」

 遺産に執着する理由を、単刀直入に聞く為。

そして多分、事件が起こる前に守れた人だから、心配なんだと思う。

「仮に遺産を相続したら、星さんは何をしたいですか?」

 星さんは、ただ空を見上げた。

空に見える星は、蛍の光に殺される事なく綺麗に輝いていた。

「この世界を、自分の目で見てみたいです」

 遺産によってしか、星さんの目は治らないのだろうか。

あたしは、失明した事が無いから分からない。

不自由が無いのにこんなにも不自由なのは、あたしが何も失っていないから。

「見えるのが、怖いんです」

 伸ばした星さんの指先に、蛍が止まった。

希望が無くなるから?

見なくて良いものが見えてしまうから?

「移植さえすれば、目は見えるようになると思います。遺産が無いからどうって訳ではありません」

「見えない事で手に入れたものが、無くなってしまうから、ですか?」

「そうだと思います。私の意志では、どうしても出来ません。だからそうせざるを得ない状況だと、自分で納得する覚悟が必要なんです」

「殺人が起こっている、この状況でさえ、その思いは変わらないんですね」

「はい。 ……きっと、一生このまま過ごしてしまうと思いますから。それではいけないと思うんです」

 翔太と星さんの、言葉以上の思いが垣間見えた気がした。



 吉野君達が使っていた部屋は、3人も入るとかなり狭かったが、文句を言っていられない。

館華星の盲目。

一連の事件の細かい状況や捜査結果。

そして久遠の生い立ちについて。

情報交換をした。

吉野君は両小指を絡め、手を口元に当てた。

「学問のスペシャリスト……」

 パターナリストたる所以はここにあるのかもしれない。

優秀過ぎる故、自分の言う通りに行動すれば間違いは無いと。

「多分、違う」

 え?

小声過ぎて良く聞き取れなかったが、吉野君は何か分かったのだろうか。

「それよりも」

 そうだった。

久遠は捜査班を信じよう。頭を切り替えた。

館華岳は、恐らく体を痺れさせる薬物を摂取したものと推定された。

そして階段からの転落。

「薬物が検出された場所って分かりますか?」

 今の所はまだ検出されていない。

恐らく水溶性のもの。

発見は難しいかもしれない。

そして、館華愛の殺害方法。

問題は、どうやって彼女を鎌の前に立つよう仕向けられたのか。

しかも深夜に。

日中であれば通りかかりはするだろう。

しかしそれだけで殺害できるとは思えない。

吉野君は崖の城でこんな難解な事件に遭遇したのかと思うと、久遠の狡猾さと残忍さに腹立たしさを覚える。

「情報が足りないのか、考え方を変える必要があるのか……」

 吉野君は尚もぶつぶつと何かを言っていた。

とにかく明日。

遺書の公開が終わり次第、迅速にここから非難させる方法を準備しておかなくてはならない事だけは確かだった。



 言ってなかったかも知れないけれど、優子と私は高校の同級生。

ほら、人物表の年だって同じでしょう?

まあ、翔太君の姉だから近付いた訳ではないけれど、運命って言うのはあるのかもしれないわね。

そんなどうでも良い事を道のど真ん中で考えていると、昔と変わらない、不機嫌な表情の優子がやって来た。

通勤の邪魔をする訳にはいかないから(お互いに借りを作るのはごめんよね)、通勤中にさっさと話を済ませる条件で話をする事にした。

けれど、そのまま素通りしそうだったから自転車の荷台を掴む。

ようやく止まってくれた。

私は当然のように荷台に座る。

「相変わらずねあんたも」

 優子は拒絶するわけでもなかったけれど、表情は不機嫌なまま。

それはお互い様でしょうと言うと、舌打ちしながらも優子は自転車を勢い良く漕ぎ出した。


 暫く無言の状態が続く。

「あたしと翔太が姉弟だって、いつ調べたのよ」

 最初の事件で知り合ってから、翔太君に興味を持って。

優子を調べた時と同じだと言うと、今度は後姿が不機嫌になった。

どうやったのかは分からないけれど、面白いと思う。

「……翔太は無事なの?」

 久遠の話も含めて、優子には電話越しに昨日伝えた。

最初に優子に話したら、絶対に止めるから。

でも翔太君はやると決めたらやってくれるし、優子には止められないと、知っていたから。

翔太君は殺さない。

信じた訳ではないけれど、彼の目的に必要だと言う素振りを見せている。

だから殺すのは得策ではない状況。

「資産家らしい、ハッキリしない答えね」

 全て本当の事なのだけれど、言い返した所で仕方が無いと思う。

「翔太に何かあったらぶっ飛ばす」

 分かっている。

私がそんな事をさせない事も、貴女が、翔太君にもし何かあったら誰よりも取り乱す事も。

由佳ちゃんに似ていると思った。

だから私は由佳ちゃんと仲良くは無いけれど、上手くやっているのかもしれない。

「話はそれだけ?」

 流石元クラスメイトね。

話が早い。



 こいつはいつもそうだった。

突然やって来て何か押し付けると思ったら、いつの間にかどこかへ行ってしまっている。

そしてケロッとして翌日おはようと言う。

本当に勝手過ぎる。

普通の人が相手だったらシカトするけど、こいつは大財閥のお嬢様。

下手に殴ったらまずいから。

それをこいつも分かってる所が鬱陶しい。

「有村秀介君の事、優子は知っているかしら?」

 え?

翔太の親友がどうしたのだろう。

「知らないなら良いわ」

 またこいつは……。

食い下がると、やっと口を開いた。

「ある噂を調べているだけよ」


 は?

有村君が殺人者?

どうしてそんな噂が流れるのかは分からなかったけど、妹がそれを調べている。

「知らないなら良いわ。お邪魔してごめんなさいね」

 さっさと自転車を降りてどこかへ行ってしまった。

でもあんた、分かってる?

噂なんて調べる奴じゃないって。

調べるって事は、意味があるって、言っちゃってるようなものだって。

昨日の翔太の話だって、翔太が決めた先にあんたの目的があるから、今まであたしに話さなかった。

要領を得ない曖昧な返事だって嫌いな筈なのに敢えてそう言い回すのだって、本当は迷っているから。

以前に言ってた。

皆良くなれば、世界だってきっと良くなるって。

頭の良いように、近付きがたいように見えて。

どこまでも真っ直ぐで純粋で、それでどこか抜けてるのは、変わらなかった。

だからお嬢様のポジションにいても何ら違和感が……。

っと遅刻してしまう。

後であの穀潰しにでも聞いてみる事にしよう。

職場への道を急いだ。

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