鑑賞
兄さんが殺人者だと言う噂がある事。
その為に私は翔太さんと由佳さんの周りを調べてみようと引越しをした事。
引っ越した先の学校でも噂が流れている事を森田さんに話した。
森田さんの表情からは、ナニカの感情を読み取る事は出来なかった。
「そう、でしたか……」
入院していた時の私は、普通ならあるべき思い出が無い。
だから思い出は兄さんだけだった。
そんな兄さんが殺人者だと言う噂は、思い出を滅茶苦茶にされるのと同じだったから。
全てを話し終えた私は泣いていたんだと思う。
森田さんはそっとハンカチを渡してくれた。
「私も調べてみましょう」
え?
意外な言葉に私は顔を上げた。
「大人は、頼っても良いのです。それでは」
時間が圧しているのか。
その言葉だけ残し、森田さんは出て行った。
兄さんから、それは違うと、聞きたいよ。
扉をノックすると、岳さんの驚いたような声が聞こえてきた。
「誰?」
扉が開き、俺を見てホッとしたような表情の岳さん。
部屋にはPCが置いてあり、学校のレポートをしている途中のようだった(ネットも繋がるらしく、動画サイトが多数非アクティブになっていたが、黙っておいた)。
「何の用?」
それより何で鎌があの時間に。
岳さんは凍りついた。
鎌が、の後は落ちたのか。だろう。
だとしたら、少なくとも岳さんは鎌が落ちると言う事実を知っていた事になる。
何故?
本人に聞くのが一番早い。
「し、知らない僕は!」
明らかに様子がおかしかった事が、もう答えになっていた。
それに星さんの元に槍が落ちて来た1つ目の事件。
関連性は何も無いって言うのは不可能。
「ぼ、僕がやったって言うのか?」
それは分からない。
「出て行ってくれ!」
追い出されたが、改めて聞く必要は無いだろう。
表情が答えだった。
私は思わず立ち上がってしまった。
恥ずかしいとは思ったけれど、幸い部屋には私1人だった。
報道規制が厳格に敷かれた。
それなのに、噂?
私も森田さんも当事者だったから知っているだけ。
……誰が?
「私も少し、調べてみます。お嬢様」
お願いするわ。
私は電話を切った
問題は噂が出始めた時期。
身寄りの無い妹さんを、森田さんにお願いして正解だったかもしれない。
思わぬ所から出た情報。
心当たりがあるとすれば、あの日にいた他の客。
陸田衿子と成瀬由美。
……2人とも、学校に噂を流す理由があるのだろうか。
違う。
学校だけとは限らない。
兎に角、館華家について分かった事を翔太君に伝えた後、この2人に直接会ってみる事にしよう(電話番号や住所を調べるのは簡単でしょう?)。
私は、館には行けないのだから。
壁に掛けてあった鎌を、自動的に落ちるように仕掛ける方法。
何らかの方法があったとする。
だけど、都合良く愛さんがそこにいるかは分からない。
これが計画殺人でないのだとしたら、それも有り得る。
だが、黒いノートは、確実な殺人予告。
問題はここ。
何も考えが浮かばない事に苛立った。
頭を搔き、田んぼを見た。
流石にこの時間に飛んでいる蛍は無かった。
昨日の情景が、まるで幻であるかのように。
スマホが鳴った。
『翔太君? 今良いかしら』
楓だった。
『分かった事を今伝えておくわ』
期待はするだろう。
財閥が調べた情報だから。
『館華清の遺産は数百億と言われているわ』
数百億……か。
少しだけ、遺産に執着する家族の気持ちは理解できた。
決して納得はしないが。
『それと、その相続人は既に決まっているらしいのよ』
え?
ヴァイオリンの音が聞こえて来た。
1階のあの部屋は……。
『その人物は……翔太君?』
悪い。
また掛け直す。
そう言って電話を切り、音色の方へ足が向いたのは何故だろう。
翔太の奴はどこへ行ったのだろう。
岳さんには何故か追い返されるし。
これも全部翔太のせいだと、意味の無い責任転嫁を脳内展開していると、翔太が玄関から入って来るのが階段から見えた。
話しかけようと後をついて行く。
翔太は扉をノックしていた。
「はい」
星さんの声がした。
一言言って扉を開け、中を見た。
ヴァイオリンを持って座っている星さんがいた。
「翔太さんに由佳さん。どうかなさいましたか?」
ヴァイオリンの音に懐かしさを感じたから。
たまに聞かせてもらった音色を、忘れられる訳が無かったから。
「お聞かせ出来る腕前かどうかは分かりませんが、宜しければ」
星さんは笑顔で俺達の方を一瞬だけ向いた後、ヴァイオリンを構えた。
構える直前に変わる表情は、一瞬で空気が変わる合図。
指先一つ一つの神経までを、一瞬にして切り替える沈黙の間。
深呼吸。
俺と由佳は、弾く前からその姿に魅了される。
G線上のアリア。
音だけで人が魅了されるのではない事を、昔から知っていた。
姿。
表情。
1人の奏者が作る全てを『鑑賞』する。
間近でまた、ヴァイオリンを観る事が出来るとは思わなかった。
そこに儚さは欠片も無く、ただ凛と、そしてどこか優しいアリアだった。
時間にしてみれば5分半程の僅かな時間。
その時間でさえも永遠に思わせるチカラ。
魅了の時間は終わり、星さんは『ありがとうございました』と。
俺達はただ、拍手した。
お前を思い出しそうになった。
「凄い! としか言えなくてすみません」
親友を思い出しましたと素直に言ったのは、魅了の名残だと思う。
「親友、ですか?」
俺にとって、かけがえの無い。
「是非、お会いしたかったです」
「せ、星さんって、発表会とかには出てるんですか?」
由佳が無理矢理にでも話題を変えようとした気遣いが嬉しかった。
ちょっとだけ。
「……? 5年前までは出ていました。川に落ちて溺れてしまって、目の損傷が酷くて。それで」
「すみません。変な事聞いちゃって……」
気まずい空気が漂った。
演奏を台無しにしてしまったようで、気が引けた。
昔は演奏中だろうが邪魔をした。
思い出が人を変えるのかもしれない。
親友は、亡くなったんです。
星さんはハッとしたような表情をしてくれた。
これで良い。
「そうだったのですか……すみません」
悪いのはあたしだ。
だから素直に謝る。
この一言が大事だから。
「私は、これを不幸とは思っていません」
星さんの言葉は力強く、そして優しかった。
「見えなくなっても弾けますから」
「俺だって、一生忘れない」
決して自分から忘れる事のできない何か。
その部分で翔太と星さんは、何か通じるものがあったのだろうか。
「もう1曲、お願いします」
「良いですよ」
ヴァイオリンを再び構える星さんに、翔太は自分の気持ちを確かめたかったのだと思った。
とても良い音だった。
私はヴァイオリンを弾き終え、ケースに仕舞った。
気付けばもう夕方になっていた。
どこへ行く気にもなれず、結局無駄に引き篭ってしまった。
それでも、1つ気になった。
森田さんは、どうして調べてくれるのか。
私はまだ子供。
そこに身の回りの世話をしてくれる大人が来てくれた。
納得してはいないけど、そうせざるを得ない。
でも、兄さんの噂は森田さんとは関係が無い。
それに、普通に調べられる範囲では、何も分からない。
……不安が過ぎる。
ひょっとしたら、私のお世話をしてくれるのと、何か関係があるのか。
根拠の無い思考がぐるぐる回る。
そう考えてしまうと、翔太さんが私に何も話さない理由も、何となく納得が行ってしまう。
でも、その先の結論を、私は……。
ズキンと頭が痛みを訴えた。
他に客はいなかった。
落ち着いた雰囲気で人気が出そうな気がしたけれど、立地が悪いのだろう。
駅からかなり離れたバーで、人を待っていた。
マスターが出すカクテルに手をつけようとすると、ベルの音が響き、その女性は入って来た。
マスターにいつものやつをお願いと言う辺り、やはり相当ここに通っている事が伺えた。
「資産家の令嬢だったなんて」
私の正面の席に、陸田衿子は腰を下ろした。
軽くグラスを合わせ、陸田衿子はアラスカを一気に飲み干した。
「今日は私に何の用? 昔話をしましょう……って事ではないわよね」
カシスソーダを一口飲んだ。
これは翔太君の為ではないけれど、目的は共有している。
噂話について、私は尋ねた。
報道規制が敷かれた以上、館にいた関係者が情報を漏らしていたとしか考えられない。
「そんな事になってるの……」
陸田衿子は驚いているようだった。
運ばれて来たアラスカを飲むでもなく、ただグラスを見つめていた。
「残念だけど、私は何も話していないわ」
考えてみればそう。
誰に話して、何の得をするのだろう。
事件に関係した人間同士で話しているのを、第3者が聞いたとして。
話す利点が無い。
「勿論、誰かから聞かれた事も無いわ」
考え方を変えた方が良さそうだと判断した。
成瀬由美にも、同様の事を言われたから。
勿論嘘の可能性も考慮して、回りの人間もこっそり調べさせて貰った。
言っていた事は本当。
それが結論。
何故漏れたのかは置いておく。
噂を流して、誰が一番得をするかを考えてみよう。
他愛も無い話を交わし、私は店を出た。
何故鎌を使って殺さなければならなかったのか。
食事には手をつけず(野菜が無かったから手をつけられなかった)、俺は考えた。
何らかの理由があるにせよ、最初は星さんが狙われた時は、殺すべき『人物』が分かる方法だった。
だとすれば、愛さんも明確に狙われたと考えた方が良い。
なのにも拘らず、不確定すぎる方法が採用された。
何故?
考え方が間違っているのか。
最終的に標的を全員殺害するのが狙いだとしよう。
それなら何故星さんが狙われた時は、仕掛けがすぐにばれるような痕跡を残した?
館華家の人間を見回した。
岳さんの挙動がおかしいのは当たり前だろう。
狙われているからか、遺産相続を続けているからかは、分からないが。
雅さんは、表情に何の変化も無かった。
それは響さんも、そして星さんも変わらなかった。
カランカラン。
「ひ!」




