パターナリズムの
「忠告、したじゃないか」
華村さんは蹲っていた。
呆気無く、人は死ぬのを目の当たりにした。
こんなにも脆いから儚い?
尊い?
そんな事を考えていないと、恐怖に押し潰されそうだった。
「何でこんな事をするんだてめえは!」
翔太の怒鳴り声で恐怖が吹き飛んだのは良かった。
「人の命を何だと思ってやがんだ!」
久遠の表情は変わらない。
何を考えているのか分からない。
いや、分かりたくない。
「そうだね。この男は、本当は毒殺する、つもりだった。そして君は事件を、解いた」
最後の標的が御堂さんだったって事なの?
でも、放送で言っていた幼児の虐待に御堂さんも関わっていたとしたら、知り合いがいないのがおかしい。
「つまり引き分けまで、持って行かれたんだ。昔の話を、しようか」
久遠はハッとしたようにあたし達を見た。
「ああ。これ以上殺しはしないから、大丈夫。これは万が一の時って、奴だから」
拳銃をテーブルに置き、テーブルに促すような仕草を見せる久遠の表情に、未だに有村君を翔太は重ねているのだろうか。
「もっと楽に、したまえ。もううるさい輩は、始末した。自由に喋って、結構」
あたし達は従う事しか出来なかったと思う。
テーブルの拳銃。
いつも通りかのような久遠の表情。血塗れの御堂さん。
「であれば、話の続きをお願いしますわ」
全員が恐る恐るテーブルに着き、そう言った楓も僅かに表情を硬くしているようだった。
「ああ。そうだったね。そこに倒れている男は、以前飲酒運転で3人の人間を、死なせた」
飲酒運転?
新藤さんが殺された理由が本当に子供の虐待だとすれば、飲酒運転で死んでしまった3人に関わる人物。
そして虐待された子供の関係者。
今回殺された他の2人も同じような関係者がいると仮定する。
それでも誰も久遠を知らない?
そんな事が果たして有り得るのだろうか。
「その事実を隠蔽し、逃亡した。その家族は今も生き地獄に、苛まれている」
「その家族が、貴方の家族?」
由佳の質問に、どうして意味が分からないと言った表情をするのか。
まさか。
「いや、何も関係無いよ? どうしてだい?」
信じられないように由佳は首を横に振った。
今野さんと華村さんはただ只管に俯き、それでもメイドは表情を変えなかった。
「言ったと思うよ? 断罪だって」
佐久間さんと、あんたの奥さんはどうして殺した。
問いかけると、久遠は迷いもせずに答える。
「佐久間光理は、何人もの人間を恐喝し、金品を、騙し取っていた。そして久遠詩鶴。彼女も違法な店の、経営によって。沢山の不幸を、生み出した。断罪されて、当然じゃないか?」
言葉が出なかった。
唯一つだけ言えるのは、こいつは危険過ぎる思想の持ち主だと言う事。
「あんたは無関係なの!?」
由佳も声を荒げたのは、きっと同じ事を思っているから。
もし生きていたら秀介は、同じ事を言ったのだろうか。
「さっきから何を、言っているんだい? 関係の有無ではなく、善か悪か。彼女らは悪、なんだ」
「奥さんまで殺してしまえるって言うの!?」
楽しそうに笑う久遠が心底不愉快だった。
秀介とは決定的に違った。
あいつはきっと、殺人を犯す事の意味を、ずっと自問自答していた筈だから。
それでも実行すると、苦しみ悩んだ末に決めて、それでも駄目だと知っていたから!
俺に止めて欲しいと遺書で綴った筈だから!
「そう。それはただの、プラカードだ」
けどこいつは何だ?
人間的なものを何一つ感じない。
ただ当たり前のようにやって来る日常の如く、殺人を犯すとでも言うのか?
「悪を断罪しているだけと言う事かしら?」
楓の言葉に、久遠は少しだけ目を見開かせた気がした。
「だけ?」
その事象が悪だから。
断罪を行う?
関係の有無に関わらず?
そうすればほら。
言った通り良くなったじゃないか。
だから僕の言う通りに?
まるで父権主義だと思った。
パターナリスト?
それはただのストーカーみたいな考え方じゃないのかしら。
「君達と同じさ」
「何が同じってんだ!?」
翔太君が冷静さを欠きつつあったのも仕方の無い事。
言っている事が異常過ぎる。
「君達はこの犯罪を止めるために、来た。僕も同じさ。将来起こるだろう犯罪を、まとめて、防いだ。罪を断った、だけさ」
「てめえにそんな権利があるってのかよ!」
久遠は、翔太君を真っ直ぐに見た。
「覚悟は、ある。自分が悪だと言う、覚悟」
「君は1を0に。僕は10を1にする」
こんな奴に俺は秀介を重ねていた。
秀介が犯した罪は消えない。
だけど、こいつとは決定的に違う。
「面白いものだね。目的が同じはずなのに、こうも人は、分かり合えない」
用事を終えて帰るかの如く『さて』と言って立ち上がり、拳銃を手にした久遠を見て立ち上がると同時に拳銃を突きつけられた。
「やらなくてはいけない事が、ある」
白い玉を素早く取り出し、床に思い切り叩き付けると、白煙が部屋を覆う。
そんな中、捕まるとは思えない手を探した。
待てと叫んだ。
「また会えるのが、楽しみだ。吉野、翔太」
窓ガラスが割れる音がした。
換気されたのか、視界が開けた時には既に久遠の姿は無かった。
悔しさを力いっぱい叫んだ。
「人の根底に眠る感情は、便宜上、善と悪に分けられる。その根底の問いかけだけをあたし達に残し、久遠正義は姿を消した」
ようやく辿り着いた時には、全員が建物から出て来る所だった。
直に警察のヘリも来る事だろうが、犯人は逃げた事を吉野君から聞いた。
警察とは一体なんだ?
分かりきっている。
公共の秩序と安寧を保つのが目的だ。
つまり、保つ事しか出来ないのだ。
脅かそうとしている者を何とかする事は不可能。
あくまでも崩れた秩序を元通りにする為の組織。
だが、こうして殺人予告状が出された上で止める事が出来なかったのは私の未熟ゆえだった。
若者が身の危険を挺してまで向った。
警察で私は、何をして来たのだろう。
ここに来たのは何の為なのだろう。
何を考えてみても、無力さだけが募った。
恐らく、それさえも久遠の狙い通りなのかもしれない。
殺人が悪と言うのなら、持っている力を行使しないのもまた悪なのではないかとさえ思ってしまう。
余計な事を考えるのはやめよう。
上空を見上げると、警察のヘリだろうか。
遠くに見えたのが良かった。
現場を検証し、吉野君達が話してくれた事が事実である事を確認、集中しよう。
例えそれが後の祭りだったとしても。
後始末だけはしなければならないと、自分に言い聞かせる。




