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カノウコウチク~吉野翔太の怪事件ファイル~  作者: 広田香保里
怪6 終録帳の覚醒
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容易く散る

 どうしてこの人は、いつもの食事を取るように微動だにしていないのだろう。

どうしてこの人は有村君に似ているのだろう。

「そして奥さんが佐久間さんに成りすまし、ノートを確認しに移動する隙に隠れればあの不可能状況が出来上がる」

「もしかして、佐久間さんの死体が消えた理由は、死亡推定時刻を万が一にでも割り出されないように、かしら」

「そう。準備の時間も考えて、時間的余裕を持って殺された筈。だから死亡推定時刻のずれはどうしようもなかった」

 予告状のノートから、あたし達は既にこの人が作り上げた錯覚に嵌っていた。

機械声によって場所を指定され、ノートに記載した通りに殺人が実行されてしまえば、心理的な自由を奪われる。

それをノート1つで本当にやってしまった。

全員の視線が集中した。

その人物は何事も無かったかのように食事を終え、仕上げと言わんばかりに口を紙ナプキンで拭っていた。

「ご馳走様」

 どうして貴方はそんなに異様なの?



 静かに、メイドが食器を提げる音が響く。

「凄いね吉野君。確かにその方法であれば出来るかもしれない。それにノート。招待状の導入から始まり、文章を見せる事によってノートを開くと言う不自然な行為を、さも当然のように見せる手順。そして可能を不可能に見せる演出まで役割を果たしていたとは。全く持って無駄が無いと思うよ」

 そうだ。

悪魔のような計画を立て、実行に移したと言う点では、秀介にそっくりかもしれない。

もう秀介とは話をする事は出来ない。

「証拠はあるかい?」

 こんな気持ちになるのは、風舟村の事件を解決したから?

それとも、久遠に秀介を重ねているから?

秀介と面と向かって証拠を突きつける時を重ねている?

そんな事はどうでも良いと言い聞かせても、頭の片隅から離れてはくれない。



 吉野君達、無事でいてくれ……。

渋滞の抜けた高速を飛ばし、山道へと急ぐ。

車でも残り4時間と言った所だろうか。

それにしても、ここまで人里離れた所に建物を建てた理由は何だ?

思えば、花園塔もそうだった。

あんな構造の建物を建てる理由は、考えられない事ではあるが、犯罪を行う為?

そして最も気になるのは、カジノ法案の施行に伴う、経済市場の活性化。

本当にそれだけなのだろうか。

まだ気になる事はある。

吉野君が解決した連続殺人を実行した方法には、法則性がある。

1つの事件に対して、どうして1つの犯罪アイテムが存在しているのか。

これは癖と呼べるものと言えるのかも知れない。

エレベーター、甜麺醤、ゲームセンター。

犯罪を教唆している人間でも、いるのだろうかとしか思えなかった。

アクセルを踏み、車を飛ばした。



 最初に俺と会った時、あんたは何て言った?

久遠に静かにそう告げた。

「確か……君も妙なノートを受け取ったのかい? ……って言ったと思うが?」

 そもそもそれがおかしい。

俺達は黒いノートによって別々の用事で呼び出された。

そこまでは良い。

だが、久遠夫妻が呼ばれた理由は遺産相続について。

だとしたら、俺達と初めて会った時には、黒いノートによって遺産相続で呼ばれたと思うのが普通じゃないだろうか。

あの時点でノートに意味が込められている事にすら気付けた人間はいないのだ。

なのにどうして、あんたは妙なノートと言った?

「実際に黒いノートを夫婦で受け取ったんだ。それは自然じゃないのかな?」

 いいや。

どうして遺産相続の事を、一言も言わなかった?

普通なら君達も遺産相続で呼ばれたのかい?

って聞くのが自然。

確かに妙なノートだが、ノートにしろ、これは最初に受け取った時点では、あんたらにとっては手紙。

ノートの内容について聞くのが普通だ。

妙なノート何て言わない。

「凄いわ。翔太君」

 もう一つ。

首を吊っていた佐久間さんに、何の外傷も無かったのが証拠。

「それの何が不思議なんだい?」

 やはり、そこまでは知らなかったか。

由佳が襲われた時、奥さんが何をしていたかも知らない。

事件の舞台になる部屋にだけしか、盗聴器は仕掛けていなかった。

あのタイミングの良い放送は、どう考えてもおかしいから。

それに、スピーカーに盗聴器が仕掛けられているのなら、俺が部屋を調べた時に見つけられなかったのも納得が行った。

「それで、続けてくれないか?」

 あの時、防音されているかを確認した時に、確かに佐久間さんは鼻を怪我した。

だが、首吊り死体の佐久間さんから外傷らしき痕は見つけられなかった。

もし佐久間さんが本物なら、少なくとも顔に外傷が無いとおかしい。

「それだけ、かな?」

 どうして笑っているんだ。お前は。



 この男の狙いは何?

悪魔の知恵を借りたかのような殺害方法は分かった。

「それに、由佳の部屋に入ったのは窓ガラスが割られたあの1回だけ。それなら由佳の部屋のどこかから、詩鶴さんの指紋が見つかる筈」

 動機は一体何?

翔太君は分かっているの?

あの少ない手掛かりで?

「それに、佐久間さんの指紋も、由佳の部屋からは見つからない」

 死亡推定時刻の割り出しと、指紋を死体から調べられないようにする目的もあると言う訳ね。

それは良い。

動機は何?

邪魔をしたくないから、言葉を飲み込んだけれど。

笑みを浮かべて翔太君を見ている、この男の殺害動機は?

「まだ言う事は?」

 無音の空間に、(さっ)(しょう)が聞こえた。

「くっくっく……」

 男は立ち上がり、翔太君を見た。

無意識の内に構えたのは、本能が危険を訴えたから。

「くっくっく……」

 笑い声が大きくなって行く間、他の音と言えば、時計の秒針の僅かな音位だった。

「素晴らしい推理だ。吉野翔太」

 私と由佳ちゃんに、男は順に視線を移した。

「更に鮎川由佳、桜庭楓。2人が重要な働きを、している」

 本当に単純な賞賛をしているだけなのかすら怪しかった。

体が何かを拒絶している気がした。

こんな経験、初めてだけれど。

「な、何故だ! 何故こんな事をしたんだ! 俺はお前なんか知らない! お前に殺される覚えは無い!」

 震えている御堂に、男はゆっくりと視線を移した。

例えるのであればそう。

重要な事を話そうとしているのに聞かない部下を、優しく窘める上司のように。


 ドン。


 心臓が跳ね上がるような轟音。

だけれどしっかり視線は捉えていた。

煙の上がった銃口。

何てことは無い表情の男。

そして。

さっきまで必死に無実を訴えようとしていた御堂が、物言わぬ死体となって倒れていた事を。

「誰が、喋って良いって、言った?」

 由佳ちゃんと華村の悲鳴は、直前の轟音で上手く聞こえなかった。

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