幼児虐待
煩わしい高速の渋滞に苛立ちが募った。
犯人に気付かれないようにしなければならない。
吉野君達のスマホは繋がらなかった。
無事でいて欲しい。
渋滞を抜けられるよう、心から祈った。
佐久間の部屋は3階。
由佳ちゃんの部屋から久遠夫妻の部屋へ移動する間の僅かな時間で姿を消した。
今登っている階段を?
どうしてあの時皆と行動を共にする事を避けたのか。
翔太君はカードキーを差し込み、目当ての部屋を開けた。
「なっ……!」
どうしたのかしらと中を見た。
テーブルに置かれた化粧品の数々。
開けられた窓。
あの時確かにあった筈の死体が消えていた。
「どうして!?」
「やられた……」
久遠夫妻の死体だって、確認はしていなかった。
考えずにいるのは不可能。
死体が消えた理由。
いいえ、死んでいるかどうかさえ分からないけれど。
殺された人の中にも犯人がいる可能性。
俺達は包み隠さず、状況を皆に話す事にした。
「じゃあ彼女で決まりじゃないか!?」
「もう俺じゃないから誰だって良い」
「やられる前にやれば良いだけだ」
無罪を主張する人。
大声で笑う人。
反応は様々だった。
しかし、俯いている人がいなくなったのは幸いかもしれない。
佐久間さんが消えた理由の一つは間違い無く殺人を最後まで実行する為。
その為には全員をパニックに陥れる事の筈。
俯いていては、誰か分からない犯人の思う壺になってしまうから。
残り2時間の重圧が圧し掛かる。
久遠夫妻の転落……由佳が襲われた……佐久間光理。
そして久遠夫妻の部屋に入っていた部屋の鍵。
部屋の明かりをつけ、荒らされた部屋が露になる。
机の引き出しを開ける。
実際に当時の動作を検証してみるが、一向に答えは出てこない。
何か見落としている事が無いか。
ただ考える。
そうだ。
引き出しの溝をジッと見た。
鍵は立てられた状態で入れられていた。
あの時はスルーしていたけど、ただ鍵を入れておくだけなら普通に入れておけば良い。
そして由佳だ。
「え? あたし?」
ノートに殺害状況と時間を書いておく。
そしてその通りに今の所はなっている。
だとすれば、由佳のノートにも何か書いてある。
「ノート?」
確認してみる価値はありそうだ。
翔太はあたしのノートを開いた。
しかし、何も書いていなかった。
「やっぱりそうだ。書いてない」
でも、どうして何も書いていないのだろう。
「ノートに書いてあるのは、死亡した人間の状況だけって事」
それだと、あたしを殺すつもりは無かったって言う事なのだろうか。
「多分な。逆に言えばそうまでして実行した。佐久間さんを殺害する為に」
それが何か、直ぐに分かれば苦労はしないけど、きっかけにはなる……って事だよね。
「だから多分、ノートに殺人手順をわざわざ書いたのにも理由がある筈」
翔太は両小指を絡め、手を口元に当てた。
笑い声が聞こえた。
感情を何も感じない、あの機械のような笑い声が。
時間になってしまった。
「さあ。開始まで15分切った」
メイドを除く全員が硬直していたのは、再び呼び起こされた恐怖。
「果たして、今度は防げるかな?」
翔太君と由佳ちゃんも聞いたのだろう。
「皆さん、どうぞお掛け下さい」
「俺達を早く帰せ!」
「ああ。余計な事を喋ったら殺しますから、ご了承下さい」
今野が体を震わせ、着席するのを合図に全員が席に着く。
そしてメイドはただ傍に控えていた。
「さあ。次に狙う人物の話をしよう」
この期に及んで狙う標的の話?
見れば思い当たる所でもあるのだろうか。
俯いていた人がいる。
それは外的要因による単純な恐怖なのか。
それとも内に秘められた過去への罪悪感なのか。
「その人物は、近所の幼児を虐待して来た。その事実は、植物状態になった幼児を看病する両親から、痛々しい程に知る事が出来るかもしれないね」
幼児虐待が、今回の事件の動機になっているという事なのかしら?
けれど、それならこのタイミングで話す必要が……。
あるとすれば……。
殺人を最後まで実行する為の手段?
翔太君はただ集中するように、全員の表情を見ているようだった。
「それだけの事をしておきながら、その人物はのうのうと生きているんだ。今この瞬間にも、この食堂で、のうのうとね」
「な、何でその事を知って……」
新藤?
「許し難い事だろう。 ……開始しよう」
この状態でどうやって?
何て無意識の内に思っていたら、間違いなく標的は殺される。
時間が無いこの瞬間に考えるのを止めたら、確実に誰かが殺される。
それだけは事実。
誰だ?
恐らく新藤さん。
だが、何故今更殺害動機とも取れる情報を話した?
「午後8時5分。その人物はボウガンで胸を刺され、即死」
奴の言葉を思い出せ。
幼児虐待に関わっていた?
違う。
多分じゃない。
確信。
次に狙う人物の話をしよう。
確かに奴はそう言った。
「……その人物は逃げないとね」
「うわあああああああああああああ!」
逃げ出そうとする新藤さん。
扉前にはメイドさんが静かに控えている異常さ。
だが、その時間のお陰で分かった事がある。
「どけ女!」
動くな!
大声で俺は叫んだ。
それぞれの殺害動機が違う。
だから全員が初対面。
それは当然。
全員が固まった。
ここで動いたら奴の思う壺。
こんな状況だからこそ、分かる事があるのかもしれない。
「そう思うかい?」
え?
室内が暗くなる。
スピーカー以外から聞こえなかったか?
機械声は。
兎に角全員の安否が最優先だ。
ドスッ。
な……!
呻き声と共に倒れる音が静かに響く。
音の方へ駆けつけようとしたその時には既に明かりが点き、新藤さんが物言わぬ肉塊となっていた。
華村さんの悲鳴と、機械声のスピーカーからの大きな笑い声。
「また私の勝ちだ。吉野君」
……。
てめえは、何の為にこんな事をする。
「さあ。断罪は後1つだ」
人間の命が等しく尊いなんて、学校で教わる事が全て正しいとは思わない。
でもこれは?
感覚でしか言えないけど。
生理的に受け付けない嫌悪。
「君が変わりに断罪を受けるって事で良いんだよな!」
殴られた感覚さえどうでも良かった。
お前は何だ?
只管に笑う機械じみた声は。
「止めて下さい!」
必死に由佳が俺を庇ってくれる。
こいつだけは……。
「翔太君に当たるのは得策では無いです」
楓もありがとう。
慌てふためいているのは、何か理由があるから?
それともただの恐怖から?
どっちにしても。
絶対に許さねえ。




