摩耗
私はずっと様子が変わらない、メイドを見ていた。
笑う訳でも、怖がっている訳でもない。
この状況に慣れている?
「……何か?」
メイドと目が合ったから、私は率直に聞いてみる事にした。
本当に何も知らないのかしら?
「ええ」
立ち上がり、真っ直ぐに見た。
それでも態度は変わらない。
「どうしてメイドさん。あんたはここに来た?」
「報酬が1000万。何方でも来ると思いますが?」
「な……!」
私は行かないけれど、額が異常ね。
ただ気になるのは、普通そう言った所謂おいしい話が来た場合、果たして何も無いと信じて来るものなのだろうか。と。
「1000万って数字に、何か意味はあるんですか?」
「……いいえ」
少しの間を見逃さない。
全員が初対面である事も、何かの意味があるのかもしれない。
普通じゃない環境で普通の考え方をしてもダメ。
「兎に角ここで固まりましょう。少なくとも1人でいるよりはましです。 ……俺を監視する意味でも」
そうだ。
今の状況で一番の容疑者はメイドと翔太君なのだ。
「はははははははははははははははは!」
天井を見上げた。
笑い方に抑揚も無い。
ただの機械声は、この場を凍らせるのには充分だった。
「追い込まれてきましたね。皆様」
「もう止めて!」
華村は頭を抱え、蹲った。
「大丈夫。残された断罪は後2つ」
一言一言が挑発と恐怖。
拍手するメイドの手を乱暴に掴んでおいた。
「宣言をしておいてあげよう。次の断罪は夜の8時に行う」
「ふざけるな!」
「これだけの時間があれば、君も防ぐ準備が出来るだろう。吉野君。健気に頑張って止めてみてくれ」
誰も何も話さない。
ふらふらと華村は立ち上がった。
「歩いて帰ります。きっと帰れる」
「危ないですよ!」
「離して!」
必死に止める由佳ちゃんから逃れるように、華村は出て行こうとしている。
森田さんは追い返され、華村はここに留まるようにノートを渡されたのだとしたら。
なるほど。
人選は、この状況で想定されるそれぞれの動きに当てはまりそうな人物を選んだと言う事ね。
肝心のターゲットが分からない以上、考えても仕方の無い事かもしれない。
「俺のせいじゃない……」
今野は只管に自分の無罪と過失を避けている。
サイコパス?
だったかしら。
そんな中、ご丁寧にお茶菓子のスコーンまで用意しているメイドも、何か意図を持って選ばれたのだろう。
「このままじゃ終わらせない。絶対」
頼みの綱は翔太君。
疑いが掛かると言うのなら、その火の粉は私が払う。
「この不可能、俺が可能に変えてやる」
計画犯罪に対して、何かをしようと言う気概だけしか感じない。
吉野翔太は本当に犯罪を防ぐ気があるのだろうか。
少し落胆しかけているが、気になるのは2人の女性。
彼女らが来る事は予測していた。
しかし、彼女らの事件における情報までは入って来ない。
どうやら吉野翔太の障害を、思惑違えど取り除いているのかもしれない。
特に桜庭楓はあの財閥の令嬢。
多少の事はどうにでも出来てしまう。
油断もしていられない。
断罪は、後2つ。
朝日が出たのを見計らい、俺と楓は現場検証を行う為、ガードレールから崖を見下ろしていた。
断罪が開始されるのが夜の8時。
逆を言えばそれまでは猶予があると判断し、出来る限りの情報を集める事にした。
この高さから落ちたら、ひとたまりも無いだろう。
秀介と同じ顔に、ちくりと心が痛んだ。
起こった事の整理をする。
断罪の開始と言い、部屋のノートを確認した俺は車を追いかけたが、久遠夫妻がガレージにあった車で崖から転落。
そして次に、由佳の部屋の窓ガラスが割られた。
スピーカーがオフになっていた。
尚且つ城自体が防音設備なのだろう。
由佳だけが部屋にいる状況で俺達が部屋に駆けつける状況が出来上がった。
その後直ぐに次の殺人予告が告げられ、ノートが久遠夫妻の部屋に入れられていた。
その場にいた筈の佐久間さんがいなくなっており、彼女の絞殺死体が部屋で発見された。
由佳は何故襲われたのか。
そして同じ声を聞いた後、何故佐久間さんは俺達と別行動を取ったのか。
これだけ問題があるのに何一つ解決してはいない。
何より目的は何だ?
俺に、解決出来るのだろうか。
「翔太君?」
もう立ち止まらないといくら誓っても、不安だけはどうしようもなかった。
やるやらないに関わらず、漏れる弱気。
風舟村で痛みを知った。
だけど、今回の犯人から、そんなものが一切感じられないからかもしれない。
「今までも、出来ると思ってやって来たのかしら?」
楓は俺に抱きついた。
楓は諸刃の剣だ。
こっちから行動を起こすと途端に気絶する位の。
「……あまり時間も無駄にしていられないわ。行きましょう」
楓の体が僅かに震えていた気がした。
「いつになったら迎えが来るんだ」
「存じ上げません」
「いい加減にしろ!」
「何を知ってるんですか貴女は!」
「由布佐貴子。お世話係です」
「何なんだよお前!」
「報酬分の業務でございます」
それでも何事も無かったかのように、メイドさんは食事の準備を進めていた。
「君は殺されないと思っているのか」
「存じ上げません」
初めから無い答え?
それとも隠した上での頑なな拒否?
異常なまでに演じられた日常。
磨耗しない訳が無かった。
変わらない答えにテーブルを叩き、食事と食器が割れる音。
頭を抱え、がたがた震えている人。
胸倉を掴まれても、メイドさんは動じなかった。
割れた食器を淡々と片付けている。
あたしに何が出来るんだろう。
皆が限界の状態で。
翔太達がいないこの状況で。
翔太を頼りたい。
「怖いですか?」
え?
話しかけてきたのは、メイドさんだった。
「私を怖いと思えている内は、大丈夫です。ここはまだ地獄じゃない」
現金なものだった。
人間らしいと思った。
それだけで心が落ち着いている自分が。
時間がそんなに無い。
急いで戻り、犯人が誰なのかを突き止めなければいけない。
断罪は後2つと言っていた。
その前に、何としても!
由佳は俺を見て安心していた。
他の人達は振り向く気力さえも、失われているようだった。
殺されるかもしれない恐怖。
そしてここから逃げ出す事さえままならなかった。
遺産相続と言う、在り来たりな餌に釣られて。
そしてたまの観光が。
こんな事になってしまって。
食事は断った。
何も食べる気が起きなかったのは、焦燥か恐怖かは分からなかった。
楓が時計を見た。
午後の3時。
「後5時間ね」
「何か分かったの?」
何も分かっていなかった。
1つだけ言えるのは。
連続殺人を成功させる為に、犯人は殺害順序、殺害手法を考えていると言う、良く考えれば当たり前の事だけだった。
だとすると、ノートの存在。
わざわざ使ったのには必ず理由がある筈。
不可能を可能に変える為の、恐ろしい方法が。
「取り合えず、佐久間さんの部屋に行きましょう」
出て行こうとした矢先、華村さんが笑っているのが聞こえた。
「そうですよそうですよ……。 こんなにもパニックになっているのに犯人がこの中にいる訳が無いんですよ……」
事件を一刻も早く解決しなければいけない。




