自動殺人の証拠
扇原さん、石崎さんが持っていた甜麺醤からも、毒物は検出された。
だからこの瓶に何か細工をしていたのは間違いなかった。
篠崎さんが使用していた瓶を受け取り、良く見ろ。
そして考えろ。
オーソドックスな、外側のカバーフィルムを剥がしてから開けるタイプの普通の瓶。
だからこそ、どうやって中に毒を仕込むのかがネック。
お互いに自宅を知らないとなれば、渡せる場所は限られる。
そしてその限られた場所。
研究会の時でさえお互いに何も渡した事は無い。
それに、開封された状態のものを渡すなんて事もしないだろう。
怪しまれる。
だから、間違い無く密閉された状態の瓶に、何らかの方法で毒を仕込む事が重要になるのだ。
そうなれば、スーパーに置くと言う、身も弥立つような仮説も生まれる。
多分、それしか方法が無い。
考えようが無いのだ。
何か無いのか。
「被害者自らが毒をあおり、証拠を隠滅してくれる。そんな方法を考え付くなんて」
そう。
余程の恨み。
殺人方法が複雑であればある程に感じられてしまう。
くそ。
考えろ。
両小指を絡ませ、手を口元にあて、考えろ。
瓶を360度。
くまなく見ろ。
不可能の穴を探し、可能に組み上げろ。
蓋は、最初はフィルムがついている。
開けられない。
……開けられない?
フィルム?
……もしかしたら……。
倉田さんに聞くと、捜査は済んでいる。
確認するしか無い。
洗っても良いですか? この瓶。
倉田さんは首を傾げながらも頷いてくれた。
ゴム手袋を使い、丁寧に瓶を洗っている翔太を何となく見ていた。
何が分かったと言うのだろう。
綺麗に拭いた瓶のカバーフィルムを剥がし、ある一点を見て翔太は頷いた。
……何が分かったのか、考えても分からない。
でも翔太の中に何かがあったのなら、それだけであたしは頼もしい。
「……見つけた。殺人の方法」
もう見つけた事に驚く倉田さん。
あたしはもう知っているから。
翔太がそれが出来る人だって。
もう、ただの高校生じゃない推理力だけれど、いつだってあんたはただの高校生だから。
「この方法を使えば、部屋に入る事無く殺害する事は可能だ。 ……恐ろしい自動殺人」
「であれば、犯人は誰かしら?」
翔太は俯いた。
どうしたと言うのだろう。
殺人方法が分かってしまえば、犯人はおのずと分かるものではないのだろうか。
「そこだな。問題は」
「……なるほど」
え?
倉田さんはどうして問題か分かったの?
どう言う事?
「今回の事件は全て自動殺人」
「つまり、誰でも出来るという事だ」
そっか……。
特定の人がやったって証拠を挙げるのが、難しいって事?
それが犯人の狙いだと翔太は言った。
特定の証拠をどうやって見つけるか。
……何て言うんだっけ。
フーダニット?
果たして誰がやったのか。
その物的証拠を挙げる事の難しさ。
自動殺人となれば特にそう。
この人以外に有り得ないと言うものを見つけなければいけないと言う事。
今までの事件で翔太君。
あなたは証拠を見つけては来た。
1つはこの人じゃないという願いから。
もう1つはもうその人しか生きていないと言う絶対的状況から。
……今回ばかりは簡単にいかない。
だから願う。
……私にそれを見せて。
「倉田さん。容疑者がどこで調味料を買ったか、調べて貰えますか?」
頷き、倉田さんは再度警視庁内へと戻って行った。
ならば私は、この殺人の動機を調べて行こうかしら?
財閥のコネクションを使えば、簡単に調べられそうだから。
翔太君の協力もしてあげたい。
自宅に戻るらしい翔太君分を補充し、私も自宅への迎えを速めるように伝えた。
証拠として何が有り得るのか考えた。
両小指を絡め、手を口元に当てた。
倉田さんの連絡が待ち遠しいが、スーパーに仕込まなければ到底不可能。
だとしたら、そのスーパーにどうやって仕込むのか。
1つを仕込み、それを被害者が取る可能性はかなり低い。
であれば、いくつか用意しておき、甜麺醤の棚の最前列とすり替えておく。
そうする以外に方法は考えられなかった。
だから倉田さんに頼んだ。
同じスーパーで買い物をしていると言う、望み無き読みの元に。
しかし、だからと言って犯人を示す証拠が出てくるとは思えなかった。
だとしたら、全ての可能性を考えて証拠を想像し、証明しなければならない。
「おい吉野!」
また問題を解けと言うのか。
そんな暇は無いと言うのに。
それなら、出す問題を当てれば納得もするだろうか。
黒板に円を書いている時点で分かってしまう。
そんな事をしている場合じゃない。
今からその円の中に書く正方形の対角線の長さは円の半径。
流石にその記号まで当てるのは無理だから、lかrって言っとく。
俺はチャイムの音と同時に教室を出た。
翔太を走って追いかけた。
この瞬間にも、翔太の推理力は凄まじい速度で上がっているのか。
いや、予測力と言っても良い位のスピードだった。
「あのセンコー位なら、大体見てれば分かる」
見てれば分かんないって……。
半径の長さをmにしてたけど、絶対あれ、負け惜しみだよね。
はは……。
両小指を絡め、考え込んでいた翔太は不意に立ち止まった。
「なあ。俺達の身の回りで何かしらの事件が起こるのって、どれ位の確率だ?」
え?
……そんなの分かんないよ……。
「調べてくれないか? 頼む」
殺人事件が身の回りで起こった。
そして強盗事件が俺の家で起こった。
……別々の事件が起こる可能性はどの程度なのだろうか。
市内に限定したってそんなに色々な事件が起こるとはどうしても考えにくかった。
しかし、その両方が起こったのは事実。
だとしたら、この両方の事件に繋がりがあるのでは? と思った。
何の根拠も無かった。
しかし、可能性を模索するのに理由は必要無いと思った。
違っていたらまた考えれば良い。
閃けば良い。
もう今回の殺人事件は起こらないから。
自宅に戻り、冷蔵庫の中を漁った。
中華調味料は、いつもの一番上の棚の向かって右側。
蕃椒醤、豆板醤。ウェイパー。
そして外のケースに山椒。
……やはり。無い。
「どうしたの? 翔太」
帰って来るなり三角絞めを喰らう。
姉ちゃん止めて止めてマジ死ぬ死ぬ死ぬ!
「ん? あんた買って来なかったっけ。 ……おっかしいわね……半分以上はあったと思ったんだけど……」
ビンゴ。
だとしたら……。
スーパーを見上げた。
殺された3人、それに扇原と石崎が買い物に来る普通のスーパー。
吉野君の読み通り、全員は同じスーパーで買い物をしていた。
しかし、監視カメラの映像に、犯人らしい人物を見つける事は出来なかった。
いや、未だ見つけられていないと言った方が正しいだろうか。
調味料を使い切るのと同時に殺害される自動殺人。
逆算すれば、被害者はどの位のペースで調味料を使い切ったのかを割り出す事が不可能である以上、1日1日を遡るしか方法が無いわけで。
……防犯カメラの映像を証拠にする事は、現時点では難しかった。
吉野君に連絡をすると、やっぱりなと返事が返ってきた。
……全く。
私は何のために刑事をやっているのかを考えさせられるような子だ全く。
両頬を叩いても状況は変わらないが気持ちは少しだけ切り替わってくれた。
私も証拠を探そう。
真夜中の3時って所ね。
動機の線から、私は犯人を考える事にした。
情報を提供するのが今の私の役割。
その情報をつなげる作業は、翔太君にして欲しいから。
もっと興奮させて欲しかったから。
けれど、被害者の名前が載るような事件は全く見つからなかった。
だから今は苗字だけが。
名前だけが一致している事件を洗っている。
……少ない可能性に賭けないと、翔太君と顔を合わせる自分が許せない気がしたから。
スマホの着信音に一息つこうと頭を振り、森田さんからの電話に出る。
……言ってなかったかもしれない。
森田さん(怪1を見て頂戴)は私の執事だと言う事。
……今度何か機会があれば、翔太君には言っておかなければ。
森田さんから送られて来た、過去5年分の事件のリスト。
苗字或いは名前だけが一致している事件と言っても、気の遠くなるような量だった。
だけれど、翔太君のために、やるしかない。
深呼吸をし、その先の悦楽を妄想し、私は再度PC画面に向かった。
1つずつ、確実に分かって来た。
だが、一番重要な事。
この人がやったと言う決定的な証拠。
そして、人形をわざわざ贈った事の意味。
最初の犠牲者。
蓮見さんは事件前に。
2人目からは事件後に。
それぞれ人形が贈られた。
そして、自動人形の願い。
どんな意味が込められている?
考えろ。
人形を送らなければ、自殺に見せかけられたはずなのに、どうして自殺が否定されるような事をしたのか。
犯人が残したかったから残した。
意図せずに同じ人形を複数用意はしない。
そこに、必ず『意図』が込められている筈だから。
「遅くなってごめんなさいね」
俺の隣に素早く座り、顔を強引に向かされる。
楓。顔近い……。
あなたが美人なのは知ってるから。
「動機らしき事件が分かったわ。こっそり教えようと思ったのだけれどダメかしら?」
うん教えて下さい。
それと顔が近いのは関係ないでしょ。
やりたいだけでしょ楓。
2年前の事件が発端となった可能性があった。
翔太君はそれを聞いて、両小指を絡め、手を口元に当てた。
情報の提供は出来た。
私は少しだけ眠る事にする。
と言う口上で、翔太君の膝を借りる。
目が覚めた時には、私を興奮させてねと、心で願い、目線で訴えながら。
自動人形の願いとは良く言ったものだと思った。
これなら、間抜けな強盗も、殺人の仕掛けも、全て説明がつく。
後は証拠。
思い出せ。
今回の事件であった事を全て。
家に入った強盗。
そして由佳が泊まりに来た夜に、別の場所で既に殺人事件は始まっていた。
綺麗な部屋。
人形。
2人目の犠牲者。
容器。
防げた殺人と、防げなかった殺人。
そして甜麺醤。
どこかに必ず証拠がある。
組み上げてさえしまえば。
……楓さん。
パンツ見えそうになってる位、気にして下さいね?
学ランの上着を楓にかけ、再び考える(わざわざお礼を言われ、少し気恥ずかしかった)。
恐らく犯人が思いつく限りの証拠は全て消されている可能性が高かった。
それならと、条件を考える。
犯人が知らない事実。
且つ俺達が知っている事実。
この条件が両方満たされた時、証拠が出て来るものだと思う。
……あ。
あった。そうか。
残っている可能性は非常に高い。
俺は倉田さんに急いで確認をお願いした。
そしてやって来た由佳と目が合った。
いやこれは別に何でもなくて本当は今すぐ……アイアンクローが飛んで来た。
起こさないようにしているのか怒りからかは分からないが、由佳が無言だったのは怖かったし笑えた。
うん。
そうだ。
文字通り、『願い』が込められているあの手紙。
それを救えた被害者に、分かって貰わないといけない。
俺は楓を起こし、立ち上がった。
可能は組み上がった。




