凶器を回収せよ!
翔太君からデートのお誘いが来たのかと思いきや、違っていて落ち込んだ。
けれど緊急事態のようだったから勿論協力した。
容疑者全員の家から調味料を押収するなんて何事かしらね。
不謹慎ではあるけれど、とてもワクワクした。
まずは言われた通り、扇原翼さん、平野湖夜美さんの家に向かう事にする。
翔太君は、きっと殺人を防ぎたいと思っているから。
その考えには、大いに同意するから。
殺人の細かい方法の検証なんて後回しだ。
だって、この連続殺人の方法が分かったのだから。
やるべき事が、あったから。
容器の底に毒が盛られ、それを被害者が自分で入れてしまう。
まだ殺人が続くのだとしたら、同じ方法が使われるはず。
容疑者が使っている調味料を残らず回収するのが先決!
毒殺が行われれば証拠が残らない可能性が高い!
「堀川さん宅が一番近い! 行くぞ!」
倉田さんがアクセルを強く踏んでくれた。
一刻を争うと思った方が、気が楽だった。
吉野君には確かに事件解決を頼んだ。
しかし、彼は別の所で動いていた。
殺人を防ぐ。
地球に存在する凡そ70億の何分の一が、この殺人を犯そうとしているのか。
皆目見当がつかなかった。
途方にくれるような数字を、0にするとでも言うつもりなのか。
そこまで考えているかは分からなかったが、そう思わせてくれるスケールを感じた。
出会ってさえしまえば、彼はやってのけるのかもしれないと言う、泡沫のような、荘厳な期待を。
堀川篤美の自宅は、豪邸とも言えるような、言えないような1戸建てだった。
こんな所に嫁さ……今は良い。
とにかく妙に長い曲調のインターホンを押すが、反応が無い。
今日は休みと伺っていたから、在宅ではあると思うが……。
吉野君が郵便受けを覗き、小さな箱を手にした(犯罪行為ではあるかもしれないが、そんな場合ではない)。
入っていた人形を見て吉野君は大仰な門をよじ登り、敷地内へ入って行ってしまった。
自動人形の願い。
意味を考えずにはいられなかった。
間に合っててくれ!
階段を上って行くと、横には庭があった。
庭があると言う事はベランダへの扉も。
食い入るように閉まったカーテンの隙間から、閉まった窓から覗いた光景に、絶望した気がした。
外からでも分かる高級な家具や絵画の部屋。
テーブルに突っ伏している女性の姿があった。
誰かだなんて考えなかったと思う。
倉田さんがやって来て急いでスマホを取り出したから。
「大至急堀川篤美の部屋に救急車を! 急いでくれ!」
怒っている暇は無かった。
まだ容疑者。
標的は沢山いるのだから。
「急ごう!」
何としてもこんな事がこれ以上起こって欲しくなかった。
翔太……。
絶対に防ぎなさいよ。
頭に入らない授業をよそに、外を眺めた。
あんたはただの……。
堀川篤美以外の容疑者は、幸いな事に死ぬ事は無かった。
流石翔太君と言った所ね。
夕日に映える翔太君の横顔は、ちっとも嬉しそうではなかったけれども。
「楓。助かった」
そんな事はどうでも良いのよ。
翔太君に抱きつき、たっぷりと堪能させて頂く。
良い所に来てしまうのね由佳ちゃん。
貴女は。
「由佳!? どうしてお前が」
翔太君の行動のきっかけだった……と言った所かもしれないわね。
……いつでも頼ってくれて良いのに。
「防げたの?」
「……1人は、間に合わなかった」
翔太君は謝った。
由佳ちゃんは何も言わず、ただ翔太君を優しく見ていた。
……2人の間に、いつか割って入りたいと思う。
1人は間に合わなかったと言う事は、救えた人もいたと言う事。
……良かった。
救えた事に、まずはホッとした。
最初から完璧になろうとして、なれない自分に絶望する。
それが、心が折れる基本構造だから。
守れなかった事を責めるなんて出来なかった。
リアルタイムで起こっている殺人を防ぐなんて、それこそ不可能だと誰もが思う事だから。
「俺はただのバカな高校生だ」
うん。
その通り。
でも、殺人を防ぐ事が出来るバカ。
だから、そのバカを貫け!
応援なんて安いもの、いくらでもしてあげる。
由佳に心から感謝した。
言わなかったが目線で何となく分かって欲しかった。
……俺はただのバカな高校生。
そんな奴が出来るのはまずは救う事。
由佳には敵わなかった。
ワザとらしく咳払いする楓に、気まずそうにやって来る倉田さん。
いつの間にか近付いていた距離を慌てて離し、倉田さんに向き合った。
「扇原翼、石崎聡子が所持していた甜麺醤から、毒物が検出された。それと、蓮見宅の例の人形だがな、事件直前に届いていたそうだ」
直前か……。
篠崎さんの時は事件後に届いた。
確証は無いが、恐らく日程を大まかに合わせ、人形を贈ったと言った所だろう。
両小指を絡め、手を口元に当てた。
今度は、曲がりなりにも。
俺1人ではなかったけれども。
救う事に成功した。
なら、後は犯人と殺害方法を暴く事に専念しよう。
2つの事件を解く事で、殺人を防ぐ力をつけられた。
そんな気がしたから。
……手段なんて、選びたくなかった。
容器、見せて頂けますか?
自動人形の願い。
手紙の文言までも、全部暴いてやろう。
両小指を絡め、手を口元に当てた。
俺がやる必要は無いかもしれない。
でも俺がやらなきゃ俺が納得できない。
この不可能、俺が可能に変えてやる。




