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まあ大体外れないだろうな程度の推測であっても、時によっては断言してしまった方がいいことも。

「石山さん、聞いていいっすか?」


「まだダメです」


 桜井の家から離れてすぐ何か言いたげな猫田を制し、ついて歩くように促す石山。

 今しがた行われていた会話や行為について、すぐにでも質問がしたかった猫田も、石山が意味ありげにゆっくりと桜井の方向に視線を向けるのを見て、依頼人の近くで話すのはまずいかと考え直し、後ろを歩く。


「あの、いいっすか?」


「まだです」


 しかし、桜井宅の隣家を過ぎたところで、ちょっとした疑問を口にするぐらいなら普通の音量で話しかけても届かないだろうし、もういいだろうと石山の腕をとって引き留めようとする。

 だが、石山は腕をとった手を振りほどこうとはしないものの、顔だけ向けて短く拒否を伝え、さらに2件の家を過ぎる。


「さすがにもういいっすよね?」


「まだ、桜井さんのお庭から見える位置ですので、何か話すのはもうちょっと先になってからです。ところで猫田さん、手」


「うっわ。ごめんっす」


 桜井宅の隣家を過ぎたところで腕をとったまま歩いていたことに、石山に指摘されてはじめて気づき、猫田が慌てて石山から離れる。

 どう注意していいかわからず、端的に指摘するだけになってしまったことをちょっと気にしつつ、しかし、あのまま若い娘に腕をとられたまま歩くのは、人から見られた際にどう思われることか。

 そんな世間体を気にしてしまう年ごろとしては、どう柔らかかく伝えていいかわからなかった以上、あの状態を継続することのほうを可及的速やかに終了したかったため、仕方ないことだった。

 この件については、猫田さえ蒸し返さなければ、自分がまるで怒っているかのような対応をしたことも含めて、なかったことにしておこうと決め、石山は桜井宅に訪問した時と逆の道順をたどって歩き、曲がるべき道を横に折れる。


「猫田さん、もう質問してくれていいですよ」


「ようやくっすか。じゃあ、まずはなんっすっけど、どうしてあのペン、テーブルの上に置いてきたんっすか?」


 猫田のほうは、たまたま石山の腕をとっていたことなどさして気にすることでもなく、待ってましたとばかりに別れを告げてすぐに聞こうとした質問を投げかける。それは、石山が桜井との話を終えた後、最後に行った行動への疑問であった。


 桜井の息子から見れば、公園で起きたトラブルの際に落とした万年筆が、気が付いたら家の庭のテーブルに置かれていることになる。普通に考えてもおかしいし、どう考えても異常なことが起きている。そういった軽い恐怖体験であって、見つかってよかったとはとても思えないはずだというのが、猫田の言い分である。


「ああ、大丈夫です。万年筆を落とした息子さん、お出かけした時点ではまだ気付いてませんでしたから」


そんな猫田を、石山は気の回しすぎと一蹴する。


「いやいやいやいや。さっすがにだまされないっすよ石山さん。そんなのなんでわかるっすか」


 しかし、今日これまでで、いくつもの常識違いを体験してきた猫田ではあるが、こればっかりは普通に考えてあり得ないと強く否定する。自分が色々と知らないことがこの世界にはあるということは分かったが、こればかりはそういったものとは違うはずだ。


「いっくらなんでも、落としたことに気付いていないって言いきれるのはおかしいっす。それこそ、なんかよくわかんないけど、そのスケッチブック持ってた子になんか言いに行くために出かけた時にも持っていくような大事なものっすよ。あの車で出かけて探しに行ってるっかもしれないじゃないっすか。ほら、言い切れないっすよ」


「言い切れるんですよ」


「いや無理っす」


「あの万年筆は穢れを纏っていました。だから、落としたかもしれないところに目星をつけて、悠長に車で向かうなんてことは出来ないですよね」


「すんません。言っている意味がわかんないっす」


「そうですか。これも教えてもらっていませんか。さて、知らないならどこから説明すればいいですかね」


 猫田が特別措置法時代から続く措置法系の事業所で、管理放棄された系の穢れ処理を主に行っているようではあるが、どうもまともに教育されていない節があることを思い出し、それではどこから説明したものかと考える。

 正直なところ、穢れに不用意に触れるべからずなんていう知識はもっているのに、なんで危険なのかを知らないというのはどういう状況なのか、石山にとっては理解の範囲外ではあるのだが、これもまた経験豊富な鬼上司にお伺いを立てるべきかと、また一つ確認事項を増やすことにもしておく。

 その上で、知識を試すのであれば、身近な話から振るべきかと一つの例えを思い出す。


「曰くのある物品に人が魅入られるって話、知りませんか?」


 もっとも、今回の万年筆、スケッチブックについてはそこまで誰彼かまわず惹きつけてしまうような大量の穢れを纏ってはいなかった。そんな大量の穢れを溜めこんだものが関わるような案件に、支援法に携わる身として関わることは、とまで考えて心の中に色んなものが駆け巡る。

 あれやこれやに思いをはせて、軽くため息をつく。

 その上で、うん。 きっとない。 多分ない。 恐らくないだろう。 と、自分に言い聞かせる。

 すると、話のとっかかりとしてはわかりやすかったのか、心当たりがあったようで猫田が頷く。


「妖刀とか死者の日記とかそういうやつでっすよね」


「そうです。それってなんで人が魅入られるか聞いたことはありますか?」


「聞いたことなっいす」


 今度は猫田の首は横に振られる。

 自分が忘れているだけという可能性は、かけらも感じていないようで、断言している。


「あれは、簡単に言うと纏わりついた穢れが、よりたくさんの物や人に移るために、自分が憑いたものが魅力的であるかのように、錯覚させるからなんです。そして、その錯覚を受け入れさせたら、今度はその人間が穢れをしっかりと纏うまで自分を離さないようにと、執着心を刺激します」


「そういや、妖刀に魅入られた方がそんな感じになっていたっすね。確かに」


 どうやら、猫田には人に憑いた穢れを祓った経験があるらしく、何かを思い出しているようだ。

 が、それを聞いて今度は石山が眉をひそめる。

 妖刀と呼ばれてしまうような大量の穢れを纏った物品を扱うのは非常に危険が伴い、一定の要件を満たし登録を行ったものでないと関われないことになっている。

 その登録要件の中には、穢れを直接処理する仕事に従事して5年以上という定着率の低いこの業界においてかなり高めのハードルもある。それこそ、高校1年生の時分から週に2~3回、1回2時間以上の職務についてるぐらいでなければ、どう高く見積もっても20代前半の猫田がそれを超えていることはないだろう。

 たしかに登録者の指示のもとであれば無登録の者を現状解決に同行させても構わないとの一文もあり、実際の現場を登録前に体験、登録者の補助を行ってもいいことになってはいる。

 それでも最低限の危険性を理解してない者を連れていくのは、被害を拡大させにいくようなものであり、措置法のような過酷な現場であるからこそ、避けるべきであるとされていたと石山は認識していた。今の今までは。


「中々、ハードな仕事場ですね」


「いやぁ、人手足りないから仕方なっいっすよ」


 それは理由にならないんですよ。

 と、喉元まで出てきた言葉を飲み込み、石山は頭をかいて気分を切り替える。

 猫田がどういう仕事をしてきたのであれ、それは彼女の仕事場の方針であり、教育云々とは関係ない失敗を犯してしまうような追い込まれ方をしていないのであれば、ここで彼女を注意することは何にもならない。


「まあ、今回の万年筆が纏っていた穢れは、他人を惹きつけるほどのものではありませんでした。でも、元々それに愛着を持っている人は、手元に無いことに気付いて落ち着いていられるようなものではありません」


 今回の場合は、故人から送られたものであること。同じように穢れを纏った物をもった安藤という女性に会いに行く際にも、それこそ何かの拍子で落としてしまうような出し入れのしやすい場所に入れて持って行ったこと。の2点から、万年筆が穢れを纏う前から、智彦がそれに愛着を持っていただろうと推測しているのだが、おそらく外れていることはないだろうと断言している。


「大事なものを失くして落ち着かない人間というのは、どこで落としたかに目星をつけ、その場所にまず行ってみることをしません。基本的にはまず自分のテリトリーを探し、それでもダメなら今日動いた通りに遡って移動し、見える範囲におちているかを探すものです。だから、彼はそれを忘れたことに気付いていないと言い切れるんですよ」


 これも、性格によっては全く探し方は違うもので、猫田の言うように公園で失くしたに違いないと場所を特定し、ピンポイントで探す人がいるのは石山も承知している。

 だが、今回の場合、公園とは安藤とトラブルが起こしてしまった場所であり、石山たちの静止にビックリしてか、いたたまれなくなってかはわからないが、逃げ出すように走って離れた場所でもある。

 いくら執着している物を落としてしまったかもと思ったとしても、その気まずさから一番最初に探す場所とするのを無意識に避け、他の場所、この場合は家と公園の間に落としたかもしれないと探す順位付けをするだろうとも考えての言である。


「はあ、ほんとに知らないことばっかっすねー」


 今回ばかりは、支援法のことだとか、彷徨い人への対応について自分が知らないことばかりということは関係ないだろうと思っていたが、そうではなかったのかという衝撃が、猫田の口からそんな言葉になって出てきた。

 続けて、知識があるとこのように判断できるのかと素直に感心する猫田に対して、もったいないという感想を石山は抱く。

 今まで職場で教えられてきたことと、石山が日頃から接している常識ではあるが、彼女にとっては目の前で起きている異常事態との間に、随分と差異があり、ショックを一時的に受けているようではあるが、しっかりと説明するとすぐに理解して頭を切り替えられている。それは、彼女にそれら理解するだけの素地があるということであり、つまり、この仕事に向いているからではないかとも思う。

 今のところ、措置法の仕事ややり方に強い執着を見せる様子もないし、うまくいったら引き抜いてしまってもいいかもしれない。

 そうであるならば、元の会社が何がしかに困って頼み込んできたということではあるが、その内容如何によっては、こちらに引き込む手筋を打つように進言しておくべきか。


「まあ、教えられるまでは知らなくて当然。知っていたら褒められるようなことばかりと言えば、そうですからね」


 となれば、その進言自体は早ければ早いほどいいだろう。

 猫田を帰してから話をしようとすれば、勤務時間外にどんな予定をいれているかわからない上司に残るよう伝えなければならない。その際、アフター5の約束を楽しみに本日の仕事を回していたりすると、最悪の場合命の危険を感じながら会話をしなければならないことも覚悟しておかなければいけない。

 ならば、ここは猫田に後から帰ってきてもらえばいいだろう。

 と、ここまで考えて石山は、猫田が手にするスケッチブックを指さす。


「とまあ、疑問が晴れたところでそれ、たぶん公園で探しているであろう安藤さんに、猫田さん1人で返してきてあげてください。終わったら、事務所に戻って本日の報告書お願いします」


「へっ? 石山さんはついてきてくれないっすか?」


「すみません。ちょっとやっておくことがありまして、お願いしますね」


「は、わっかったっす」


 急に対応を任され思わずといった感じで返事をした猫田にうなずくと、石山は今までのマンツーマン対応はなんだったのかと思えるほどあっさりと、車を停めてあった駐車場に向かい、事務所に戻っていくのであった。

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