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会話劇のようにスムーズに相談がすすめばよいのかと聞かれますが、それもまたケースバイケースなのです。

「人生が終わっても、まだその先にこんなことがあるとは思ってもいませんでした」


 話が一区切りしたところで、石山にそう言った桜井の顔は晴れ晴れとしていた。


「よくよく考えてみれば、息子に姿を見てもらえず、声も届かない。そして、食事の必要も寝る必要もない。そんな状態をなんで不思議に思わなかったのでしょう。こんな風にお訪ねいただくまで気付かないとは、本当に恥ずかしい」


「例え、ご自分の状況であっても、思ってもいなかったことに気付くことなどそうそうできることではありません。お気になさるようなことではありません」


 本来であれば、彷徨い人の表現方法は非常に単純化されていることが多く、根子田がさきほど驚きを感じたように恥ずかしさや思考の整理などの複雑な感情を表に出すことができる例は少ない。

 そしてその少ない例でも、このように自分が置かれている状況を冷静に分析できる例などそうそうあるわけではない。多くは、自分が死んだことを受け入れることが出来ず、こんな風に考え話すことも出来るのに何を馬鹿なことを言っていると怒り出す。

 また、本来はしっかりとした考えができても、先の例のように、酔いや眠気など自分の状況を的確に把握できなくてもおかしくない精神状態を模倣して、自分を省みないで済むようにしていることが殆どである。

 石山にしても、波田野という規格外の中でもとくに彷徨い人という枠から外れている例に日常的に触れていなければ、こうも冷静に対応することは難しかったろうなと、他人事のように思いながら桜井の言葉を否定する。


「さて、では石山さんは私をお迎えにいらしたんですか?」


 桜井自体が特に信仰に強い関心を抱いているわけではないため、幽霊の元に誰かが訪れるということは、いわゆる死後の世界からのお迎えなのだろうなぐらいに思って訊ねる。口に出してから、宗教によって死後の考え方には様々なものがあったが、さて、果たして正解があったりするのだろうかという好奇心まで首をもたげてくる。


「いえ。そういうわけではありません」


 しかし石山はそれを否定し、名札を桜井の座る席の前へと置く。そして、桜井から文字を読みやすいように向けた名札の事業所名のところを指さす。


「彷徨い人。亡くなられた後に、理由があって留まられている方を、法的にはこうお呼びしています」


「幽霊とは言わないんですね」


「その辺は、法律制定過程で名称をどうするか、複数の関係機関の調整で色々あったようでして」


 思わず口に出した感じの桜井に、石山は苦笑するようにして答える。


「なるほど。それで、お迎えにいらしたわけではないと言うのは」


「はい。お迎えに関しては、別の法律に則った事業所が担当しています。私たち彷徨い人支援事業所は、そういったお迎えが来なかった、または、来たけど断った方達のいらっしゃる所に伺って、まずはお話を伺うことを仕事としております」


「話を? 何のためにですか」


「わかりやすくお伝えするなら、この世に残る未練をお伺いし、今後どうされるかを確認するためです。ですが」


 実は彷徨い人支援法に定める支援とは、彷徨い人の未練を聞いて、それを解決するための手伝いをするわけではない。その部分を説明しようとしたところで、それまで黙っていた猫田が口をはさむ。


「ちょちょちょっと石山っさん」


「はい。なんでしょう猫田さん」


「いや、聞いてなっいっすよ。そんな目的で来ただなんて」


 桜井の前で大声で話すのはさすがにはばかられるのか、口元を隠し小声で伝える猫田。もっとも、これだけの距離でひそひそ話など、相手が聞かないようにしてくれない限り、どうやっても筒抜けなのだが。


「それはそうでしょう。私だって、訪問するまではどんな状況かわかんないんですから、どんな対応が必要かなんて考えてませんでしたし」


「そんなんでいいんっすか!? こうなんか流れるようにお話してるから、はじめからこうする予定なら言っておいてくれれば良かったのにって思ってたぐらいだったっすよ」


 予定調和とばかりに会話が進んでいたのが、実はぶっつけ本番のアドリブだったと聞いてそれはないだろうと不満を募らせる猫田に、石山は素直に頭を下げる。


「それはすみません。打ち合わせをしっかりできなかったので、横でお話聞いてくれていればいいですと言ったつもりだったのですが」


「全然そんな風には聞こえなかったっす」


「先に説明できればよかったんですがすみません。横で聞いてるだけなのも不安ですよね。では猫田さん、持ってきたスケッチブックを出してもらえますか」


 話の流れとしては少しおかしくなるが、彷徨い人支援法の制度としての説明は、訪ねてきた本題ではない。桜井との関係構築にも役立ちそうな気もするし、石山としても法律関連ならいつまでも話していることも可能だが、猫田の経験にはならないことに気付き、会話の方向を変えることにする。


「え? お話聞かなくていいんっすか」


「話の腰を思い切り折った人が言うことじゃないですよ。大丈夫です。お願いします」


「了解したっす」


「桜井さん、申し訳ありません。話の途中にはなってしまいましたが、こちらを確認していただけますか?」


 さすがに黒い段ボールとラップからは解放されているが、それぞれ保全のために大型のジップ付きのビニール袋に入れられたスケッチブックと、別の小型の袋に入れられた万年筆が猫田によって机に置かれる。


「万年筆とスケッチブックですね。どちらも私が知っている物によく似ている」


 どういった経緯でここにこれらがあるのか、そもそもこれらは自分の知るものなのか、桜井の表情が困惑に染まる。


「先ほど、松木台公園にて拾ったものです。どちらも、桜井さんに関係した人が落としたとのお話を聞きまして、持参しました」


「ああ、そうなんですか。ということは、やはりこれは息子にやった万年筆と、彼女がいつも持ってくるスケッチブックということですか」


 机の上に置かれた万年筆に、袋の上から触りながら、桜井が目を細める。


「はい。万年筆は男性が、スケッチブックは女性が落としたと伺っています」


 実際には、その落とした場面を直接目撃するどころか、揉めているところに積極的に関与していたのだが、そんなことは全く表情に出さずに石山はうなずく。

 猫田は、そんな腹芸をはじめる石山を思わずジト目になってにらむが、幸いにも桜井は机の上の品物に注視していて気が付く様子はない。


「そうですか。ですが、何故それを石山さんがお持ちになったのですか?」


「詳しくはわからないのですが、息子さんとスケッチブックの女性は、公園で言い争いをしていたそうです。そして、言い争いの後別れた際に、それぞれ持ち物を落として行かれたそうです」


「言い争い? 息子とあの子がですか?」


 どう考えても接点のない2人が、どうしてそんなところで争ったのかがわからず、首をかしげながら聞く桜井。


「はい。そして、この落とし物にそれぞれ彷徨い人が関わる人に共通する印のようなものを見つけまして、まずは桜井さんのご自宅に伺わせていただきました」


「なぜ2人が言い争いしていたか。その理由はわかりますか?」


「申し訳ありません」


「ああいえ。責めていたわけではないんです。しかし、あの2人が? あったことも無いはずなのに」


「良ければ聞かせていただけますか? このスケッチブックをお持ちになった方のこと」


「彼女が何か?」


「いえ。なんとなく思ったんです。その方は、桜井さん。あなたに会いに来たんじゃないかと、それも以前のあなたではなく、今の誰にも見えないあなたに」


「そんなことまでわかるんですか」


「先ほど、息子さんらしき方に話しかけようとされていましたが、聞こえずに通り過ぎてしまうのをちょうど見てしまいました。お声掛けした時にも、桜井さんは私たちに、他にも今の自分が見える人間がいるなんて、ともおっしゃいました。奥様かもとも思ったのですが、先に旅立たれたようでしたので」


 一旦言葉を切って、桜井の表情が不快に染まっていないかを確認する石山。調子になってぺらぺらと喋ってしまったが、特に先立った連れ合いの話については、本来であれば様子を見ながら、そうでなくても口に出すことを断りながらすべきであったと気が付いたのだが、幸いにも驚いてはいるようだが、嫌悪の色は感じない。


「後は先ほども言いましたが、スケッチブックに彷徨い人が触れた印がありましたので、そう推測しました」


 つい先ほど、彷徨い人に関わる人に共通する印と言いながら、今度は彷徨い人が触れた印と言いかえる。

 とはいえ、穢れは指紋や血痕のように、彷徨い人が触れた印として物に纏われるわけではない。そのため、スケッチブックや万年筆に穢れが纏わりついていたからと言って、それが桜井が実際にそれらに触れた印とはなりえない。

 では何故そんな表現の変更をしたかと言えば、それはそのまま、桜井がスケッチブックに触れたことがあるかを確認したかったからである。


 一方の猫田は、何かを探るように言葉を選んでいく石山の真剣な表情に、先ほどから何を事実とは少しずつ違うことを並べているのだろうという不信感を抱いていたのだが、何か重要な理由があるのかという思いに至るが、嘘をついてまでしなければいけないことに思い至らず、ただただ首をひねっている。


「そうですか。たしかに彼女は私に会いに来ています。ただし、私がその彷徨い人だからというわけではなく、自主退職して庭いじりをしている私の元に通っているぐらいのつもりでいると思います」


 どうしてそうわかるのかと聞く前に、桜井が言葉をつむぐ。


「まさか自分が死んでいるとまでは思ってもいませんでしたが、この家から離れる気になれない、誰も私に気づいてくれない。そんなことが続いているところへ訪ねてきてくれた来客ですからね。つい、自主退職をして妻の残した庭の手入れをしながら過ごしていると嘘をついてしまったのですよ。すごい勢いで先生が辞めるなんて何があったんですかと問い詰められてしまいましたが、なんとか母校に直談判しに乗り込むなんてのはやめてもらえました」


 とっさのこととは言え、嘘をついてしまったことへの気まずさを感じさせながら、苦笑を浮かべる。

 猫田がその表情に、またしても彷徨い人がこんな複雑な感情を持つことが出来るなんてという驚きとともに、この先生間違いなく良い人っすという主観しかない感想を抱いている横で、石山はノートに何かを記録している。


「彼女のお名前を聞かせていただいてもいいですか?」


「はい。彼女の名前は安藤。安藤美由紀さんと言います」

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