5話 僕の居場所はここしかない
夕方のニュースを流しながら、店の締め作業をする。
明日は雪予報か。少し体調もよくないし、今日は早めに寝よう。
静かな店内に、電話が鳴り響く。
「はい、喫茶ポッポです。あ、オーナー、お疲れ様です!」
「大成くん、お疲れ様。今、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
「実は、君に話さなくてはいけないことがあってね。詳しいことは直接話したいから、少し時間を取ってもらえないかな」
「僕はいつでもいいですよ。急ぎなら明日にでも」
「それじゃあ、明日の閉店後にポッポに行くよ」
「はい、お待ちしてます。では」
オーナー、少し元気がなかったかも。
何かあったのかな。
僕にとってオーナーは家主ではあるが、近所のおじいちゃんのような感覚だった。
翌日、オーナーが来店した。
「どうぞ」
ブレンドコーヒーをオーナーの前に置く。
「ああ、ありがとう。大成くんのブレンドは完璧だね。店の雰囲気は、少し変わったかな。君らしい優しい空気が漂っていて、居心地がいいよ。お父さんの時は騒がしかったからね。はは、あれもまた良かったが」
「そうですね! 父のようにはできませんが、僕なりに頑張っています」
「そうだね……こんなに頑張っている大成くんに、私は……」
オーナーが顔を歪める。
こんな表情は、はじめて見る。
「どうしました? 何かありましたか?」
「……落ち着いて聞いてほしい。実は、この一帯にマンション開発の計画が出ている」
「え」
「ここにも、土地を売ってほしいという話が来るだろう」
「そんな……」
「できることなら売りたくはない。ポッポは私の自慢の店だし、今は小鳩親子が守っている店でもある。だが、一度話が出てしまったら、今後どうなるかは分からない。ここら辺は古い家が多いから、建て直すなら土地を売ろうと思う人もいるだろう。良い値で買い取ってくれるなら、なおさらね」
心臓がバクバクする。
呼吸が浅くなる。
「この土地は父から相続したんだが、私も年だからね。先のことを考えなくてはならない。ひとり息子は北海道に住んでいて、妻子もいるから、こちらに帰ってくる可能性は低いだろう。正直、どうすべきか悩んでいるんだ。万が一の場合もあることを許してほしい。本当に……すまない」
「は……い」
呆然としている僕を見て、オーナーは「また来るよ」と言って店を出た。
ポッポがなくなる?
母さんの夢と、父さんの想いが詰まった店。
そして僕の唯一の居場所。
なくなったら、生きていけるのだろうか。
まともに社会に出たことがない。
仕事が見つかったとしても、拠り所がない。
何を支えに頑張ればいい?
弱虫で役立たずな僕には無理だ。
もう何も失いたくない。
父さん、母さん、どうしたらいいの!
その日は不安で、一睡もできなかった。
翌日は雪が降っていた。
鉛のように重い体を引きずって店に向かう。
シャッターが重くて開けられない。
力むと頭に響いて、意識がぼーっとする。
やばい、倒れるかも。
「大成! 大丈夫?」
快斗が、ふらつく体を支えてくれた。
「ありがとう、助かったよ」
「具合が悪いの? ああ、熱があるね」
快斗の手が冷たくて気持ちいい。
「このくらい大丈夫だよ」
「ダメだよ。こんな状態でまともに営業できないでしょ」
そんなの、自分が一番分かっている。
体調が悪いと、うまく立ち回れなくなる。
「でも……店は開けなくちゃいけない」
「今日くらい、休んだっていいよ」
「いやだ! もう、僕にはここしかないんだ!」
ああ、頭がガンガンする。
快斗が驚いている。
心配してくれただけなのに、怒鳴ってしまった。
「ごめん……快斗」
そこで僕は意識を失った。
目が覚めると、ベッドの上にいた。
「大成!」
ベッドの横には快斗が座っていた。
「僕、ごめん、倒れて……」
「目が覚めてよかった! 知り合いの医者に往診を頼んだら風邪だって。薬を飲んで寝ていれば治るよ。あ、店は臨時休業の紙を貼っておいた」
「ありがとう。すごく助かります……」
「水、飲む?」
「うん、ありがとう。それと、怒鳴ってごめんなさい。快斗は心配してくれただけなのに」
「ああ、大丈夫だよ。私は大成になら、怒鳴られても、罵られても平気だから」
「はは」
通常運転の快斗に安心する。
「今日は一日ここで休んでね」
「ここって快斗の家?」
「そうだよ」
「じゃあ、隣だし帰るよ。散々迷惑かけたし」
「大成、まだ熱があるんだ。お願いだから、ここで休んでほしい。どうしても帰るっていうなら、鳥籠に閉じ込めてしまうよ」
なんで鳥籠?
あ、鳥籠で思い出した!
「ピヨちゃん! えっと、僕、インコを飼ってるんだけど、様子を見に行きたくて」
「僕が面倒みるよ」
「いいの? じゃあ、家の鍵を渡すから、様子を見に行ってもらえるかな。僕の部屋にいるから。おしゃべりが得意で、とってもかわいい子なんだ」
「……へえ、ぜひご挨拶させて」
ん?
快斗から、ちょっとダークな空気が。
インコ苦手なのかな。
申し訳ない。
「うん、お願いします」
「それより、大成、何かあった?」
「え」
「具合が悪いだけじゃない気がして。何かあるなら話してほしい」
快斗、気づいてくれたんだ。
僕は、マンション開発のことを話した。
「店がなくなるかもって思っただけで、パニックになっちゃって。まだ決まったわけでもないのに、情けないよね」
快斗を見ると、いつになく真剣な顔をしている。
いつもの星のようなキラキラした目ではなく、氷のように冷たい目だ。
「快斗?」
「あ、ごめんね。そのマンション開発を計画している不動産会社の名前は分かる?」
「そこまでは聞いてないな。オーナーも計画は知っているけど、土地の売却に関して不動産会社からはまだ連絡が来てないみたい」
「なるほど。大成、この件は私に任せてもらえない? なんとかなるかもしれない」
「え、どうやって?」
「……少しツテがあって」
「そんな、そこまでしなくてもいいよ。詳しくないけど、マンション開発ってさ、きっと何億ものお金が動くでしょ。どうにもならない問題だって分かってる。
それに、快斗に話したおかげで落ち着いた。僕も店に固執しすぎていたのかもしれない。変わらなきゃね」
これ以上、かっこ悪い姿を見せたくない。
「……分かった。ひとまず、今日は何も考えずに休んで」
「うん、そうする。ありがとう」
その日は快斗が看病をしてくれた。
食事はスーパーでレトルトのお粥を買ってきたらしい。
「うまく作れなくて、出来合いのものなんだけど……」
申し訳なさそうに出してくれた。
それだけでも嬉しい。
普段しっかりしているけど、料理が苦手なのかな。なんか、かわいい。
ゆっくり休めたおかげで、夜には熱も下がった。
翌朝は、いつもの習慣で5時に目が覚めた。
今日は店を開けられそうだ。
快斗、まだ寝てるかな。
起き上がると、ベッド横の机にメモと家の鍵が置いてあった。
『用事があるので外に出るね。朝まで一緒にいられなくてごめん。朝食は冷蔵庫にあるので食べて。どうか無理はしないで。あなたの快斗より』
用事があるのに、看病してくれたんだ。
ありがとう。
今度、たくさんお礼するね。
「あなたの快斗」なんてキザな言葉にも、ときめいている。
ずっと僕だけを見ていてほしい。
ああ、そうか。
いつの間にか、彼を好きになっていたんだ。
そう気づくと、恥ずかしさと同時に嬉しさが込み上げてくる。
多分、両思い……だよね。
快斗からはっきり言われたことはないけど、信じるって決めたし。
よし!
こっちから告白する!
今まで受け身だった自分を変えたい。
恋愛脳が活性化され、ドーパミンが出ているのか、風邪による体のだるさや沈んでいた気分も、きれいさっぱりなくなった。
快斗にいつ言おう。
やっぱりムーディな場所で、花束を渡しながら言うべき?
それって告白っていうより、プロポーズっぽい。
ちょっと重い?
告白したことなんてないから分かんないよ!
快斗が店に来るのを待っていたが、その日は現れなかった。
そして翌日も。
こんなこと、はじめてだ。
もしかして僕の風邪が移った?
心配になり、LINEを送ってみた。
『風邪は引いてないよ。心配してくれてありがとう。それと、忙しくて当分店に行けない。ごめんね』
そっか。
残念だけど仕方ない。
いつも来てもらってばかりだから、差し入れを持って会いに行こうかな。
そういえば……彼のこと、何も知らない。
どこで何の仕事をしているのかも。
悩みを聞いてもらってばかりで、快斗が忙しいのも知らないで。
本当、ダメだな。
これからは、快斗の話も聞きたい。
『お疲れ様。忙しいところごめんね。良かったら差し入れを受け取ってほしい。渡したらすぐに帰るから。都合の良い時間や場所を教えて』
勇気を出して送ったが、なかなか既読にならなかった。
夜になって返ってきたメッセージを見て、僕は言葉を失った。
『会いにこないで』
春のようにフワフワしていた心が一変し、凍えるような冬の冷たさに変わった。




