4話 コミュ障には難易度高いです
「ありがとうございました!」
本日最後のお客様を見送る。
ポッポの営業は17時まで。
父が店主の頃は、21時まで営業していた。
大成も最初は頑張って夜まで開けていたが、疲れが翌日まで残ってしまい、ミスが増えたり、朝寝坊したり、体調を崩して店を休んだりとうまくいかなかった。
ワンオペはつらいが、人を雇う余裕はない。
万全の状態で営業することを優先し、17時に店を閉じることにした。
うーん、赤字だ。
店は家主である初代オーナーから借りている。
賃料は良心的な値段なので助かっているが、光熱費が厳しい。
加えて、近年の物価高で、食材、特にコーヒー豆の値上がりが著しい。
ポッポは、チェーン店のカフェのように回転率が高くない。
モーニングやランチのピークにはお客さんは来るが、客単価が高いとは言えない。
メニューの値上げも考えたが、それは最終手段に残しておきたい。
だけど、アイドルタイムに新規のお客さんを呼ばないと利益が上がらない。
SNSにもぼちぼち写真を投稿しているので、それを見た純喫茶好きの人が来店してくれる。
どうやって新規のお客さんを増やしていくか。それが課題だ。
でも、帰ってきたくなるような、居心地の良い空間は失いたくない。
常連さんも大事にしたい。
んー、難しいな。
締め作業をしながら考える。
悩み過ぎると脳が疲れて、すぐパンクする。
そんな時は、父の言葉を思い出す。
「生きている限りなんとかなる! 自分を信じて進め」
うん、まずは色々試してみよう。
そのために……夜カフェに行く。
現実逃避? 趣味?
いや、市場調査だ!
締め作業が終わり、さて、どこに行こうかなとスマホで調べていると、電話が鳴った。
鳥海さんだ。
「はい」
「今日もお疲れ様でした。店の締め作業は終わりましたか?」
「あ、はい。終わりました」
「この後、何か用事はありますか?」
「用事というほどではありませんが、外食しようかなと思っています」
「……誰とですか。まさか、あの毎朝来る根暗リーマンですか?」
「根暗リーマン? いえ、ひとりですよ。どこかのカフェで夜ご飯を食べようと思って。市場調査ついでに」
「ふふ、勉強熱心ですね。場所は決まっていますか?」
「まだなんです。悩んでいて」
「よろしければ、その夜ご飯、ご一緒してもいいですか?」
「え」
「実は、私も気になっているカフェがありまして、ちょうど今日行こうかなと思っていたんです。郊外にあるガーデニアって店、知ってます?」
「ええ! そこ、僕がずっと気になっていたところです。でも遠いので、なかなか行けなくて」
「それは奇遇ですね! 一緒に行きましょう」
うう、魅力的なお誘い。
それにしても、鳥海さんとは本当に趣味が合うな。この間もばったりカフェで会って、一緒にお茶をした。
鳥海さんは僕に甘い言葉をささやく。それは、ふた月ほど経った今でも慣れない。
でも、彼と一緒にいるのは楽しい。
最初は流行りのロマンス詐欺かと思った。詐欺師は、子猫ちゃんや姫呼びが常套句だとテレビで言っていた。
まんま鳥海さんじゃないか、と思ってしまった。
だって、爽やかイケメンが僕みたいな冴えない男に好意を抱くなんて、ありえないから。
でも、正面から真っ直ぐ見つめる瞳。
夜空の星のように煌めく、この美しい瞳は、嘘をついているようには見えない。
いや、僕がそうであってほしいと思っているのかもしれない。
「ご一緒してもいいですか?」
「もちろん♪ では、車を回しますね」
「え、車で?」
「あのカフェは最寄り駅から徒歩15分もかかります。もう日も暮れましたし、寒いでしょう。電車で行くより車のほうが早く着きますので」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
数分待っていると、シルバーのメタリックな車が店前に停まった。高そうな車……やっぱり御曹司なのかな。
鳥海さんはスマートに助手席を開けてくれた。
「どうぞ」
「よろしくお願いします!」
車内は、近未来的な雰囲気。
走行中もエンジン音などがなく、とても静かだ。遊園地のアトラクションに乗っているような、特別な気分になる。
これ、電気自動車だ。
ずっと乗ってみたかったやつ。
「かっこいいですね!」
「大成さん……嬉しいです♪ この顔に生まれて良かった!」
感極まっている人に、「いや、車のことです」なんて言えないな。
運転席を見ると、そこにはCMに出てくる俳優さながらのビジュアルでハンドルを握る、いつもより何割か増しでかっこいい鳥海さんがいた。
はい、合ってた。
「車も素敵ですし、運転している鳥海さんもすごく似合っています」
「はは♪ 生きてて良かった!」
「お、重い」
1時間ほど走らせて、目的のカフェに着いた。
「うわー! イングリッシュガーデンと洋館の組み合わせ、やばい!」
「はしゃいでる大成さんも、かわいくて、やばい!」
謎のかわいいフィルター越しに僕を見てるんだと思う。
店内に入ると、クラシックな家具やテディベアなどのぬいぐるみ、陶器でできた小物などが置かれている。
照明は暖色系で、優しい空気が流れている。
席に案内され、メニューを開く。
「ミートドリアのセットとブレンドコーヒーにしよう。鳥海さんは決まりましたか?」
「私は海老グラタンのセットとアイスコーヒーにします」
「僕もそれと悩みました」
「では、シェアしましょう」
「はい」
父が亡くなってから、人と料理を分け合うなんてしたことなかった。
信頼されているようで嬉しい。
「鳥海さん、ありがとうございます」
「ん? 何がですか?」
「こうやって、素敵なカフェに連れてきてくれて、僕なんかとご飯を食べてくれて」
「僕なんかだなんて、言わないでください。私はあなたと一緒に食事ができて、この上なく幸せです」
「あの、なぜ、こんなによくしてくれるんですか? 僕の家に泊まったことを気にされているなら、お礼は十分していただきました」
「もちろん。それもあります。ですが……はあ、伝えたいことがあります。ですが、私に勇気がなくて、まだ全て話すことができなくて」
悲しそうに微笑む。
「私の態度は、ずいぶん軽薄に見えますよね」
「うーん、正直に言うと、見えます」
「実は、私はつい最近まで感情を表に出すことができませんでした。感情そのものを失っていたというか」
「ええ! 鳥海さんが?」
誰よりもオーバーリアクションだけど。
「はい。一気に感情が解放されたせいなのか、自分でも言動が変態じみているとは思います。ですが、信じてください! あなたへの想いは偽りではありません。命をかけて言えます。」
わー、重いぞ。
でも、なんか、それが嬉しかったり。
ああ、僕もおかしいのかもしれない。
「あの、僕の感情も解放されたのかもしれません。声を張ったり、ツッコんだり、こうやって子どもみたいにはしゃいだり、今までこんなに感情豊かな自分がいるなんて知らなかった。鳥海さんのおかげで変われました」
「そんな! 私のほうこそ、あなたのおかげで救われました」
「じゃあ、お互い助けられたということで! あなたの言葉も信じます」
「ありがとうございます!」
「ロマンス詐欺だと疑って、すいませんでした」
「そんな、ロマンス詐欺なんて……酷いです」
あ、僕のバカ。言わなくてもいいことを。
青髪がサラッと頬にかかって、ショボンとしている姿も絵になる。
「本当にごめんなさい! どうしたら許してもらえますか?」
「では、私のことを快斗と呼んでください」
「え」
「呼んで」
「快斗くん」
「くんは無しで」
圧が強い。
「快斗」
「敬語も無しで」
「……分かったよ! 快斗」
コミュ障には難易度高いですよ。
「大成! 嬉しい!」
いきなり椅子から立ち上がって両手を大きく広げるものだから、近くのお客さんの肩がビクッと震えた。
「あの、快斗、座ろうか」
「大成、大成、大成、大成♪」
「ちょ、やめて!」
「おまたせしました……海老グラタンセットです」
店員が気まずそうに食事を持ってきた。
ああ、誰か、喜び勇んだイケメンの取り扱い方法を教えてください……。




