3話 きれいなあの子を思い出す
店の定休日。
雨が降っているので、今日は自宅で過ごすことにした。
普段はあまり構ってあげられないピヨちゃんと遊びながら、ソファでスマホをいじる。ダラダラ過ごすのって、最高に贅沢だと思う。
至福の時間を過ごしていると、雨足が強くなってきた。
ふと、雨の日に保護した、きれいな鳥のことを思い出す。
ひと月ほど前、趣味のカフェ巡りを満喫し、自宅へ帰る途中で雨がザーッと降ってきた。
折り畳み傘を広げようとした時、視界に入った木の上から、ポトッと何かが落ちたような気がした。
木に近づいてみると、地面には鳥がぐったりとしていた。
鳥は全身が鮮やかな青色で、脇腹だけにオレンジ色が入っている。
テレビで見たことがある。たしか、冬鳥のルリビタキだっけ。東京で、こんなに美しい野鳥は見たことない。
野鳥なら、死んでしまうことはある。病気にかかったり、攻撃されて怪我をしたり、そのまま死んでしまったりする。
でも、インコを飼っている身としては心が痛い。
せめて、このきれいな体が傷つかないうちに、土に埋めてあげたい。
悲しい顔で目を閉じているその子を、抱きしめてあげたくなる。
よく見ると、クチバシがわずかに動いていた。胸も上下に動いている。
生きてる……助かるかもしれない。
いつもの動物病院ならすぐそこだし、行ける!
「あー、クソ! 今日、休診だ」
とりあえず、温めなきゃ。
急いでハンカチに包み、自宅へと急いだ。
ピヨちゃんが子どもの頃に使っていた小さいケージを引っ張り出し、鳥用ヒーターをつける。
雨で濡れている体をタオルで優しく拭き、中に入れてあげる。なるべく冷気が入らないように、ケージ全体にも布をかける。
心臓がバクバクしている。
自分で連れ帰ったのに、この現状から逃げたくなる。怖い。
でも、この子を助けたい!
「頑張って! 生きて! また空を飛びたいでしょ。元気になって、その綺麗な羽で飛ぶところを見せて!」
声をかけながら、スマホで病院を探す。
一番近い病院は隣駅にある。
電車で行く? でも、この子が冷えてしまうし、タクシーにしよう。
病院に予約の電話をかけようとした、その時。
「ピィ」
弱々しい鳴き声が聞こえた。
ケージを覗くと、鳥が目を覚ましていた。
さっきまでは息も絶え絶えで、死んでしまうかと思ったけど、今は呼吸も落ち着いているようだ。
キョトンとした目で、こっちを見ている。
「大丈夫だよ。ここは安全だからね。今、病院に連れていってあげるからね」
「ピピ!」
声をかけると、鳥は驚いたように羽をバタバタさせて立った。
「何もしないから安心して。ああ、動いちゃダメだよ、怪我しちゃうから」
「ピピー! ピピー!」
わ、いきなり元気だ。
野生の子は生命力が強いから、回復するのも早いのかな。すごいな。
「はは、そんなに鳴けるなら大丈夫だね。はー、良かった」
一刻を争う事態ではなさそうだ。
ホッとして、体から力が抜ける。
「でも、どこか怪我してるかもしれないし、病院は行こうか」
「ピピー! ピピー!」
こちらを見ながら、体を左右に振る。
まるで「イヤだイヤだ」と駄々をこねているみたいだ。
偶然かな。
言葉を理解しているような。
野鳥だと思ったけど、誰かに飼われているのかな?
ちょっと試してみよう。
「病院行く」
「ピピー!」
「病院行かない」
「……ピッ♪」
「やっぱ病院行く」
「ピピーー!」
「しかたないな、病院には行かないよ」
「ピピッ♪」
わー、これは理解してるな。
病院行くって言うと騒ぎ出すけど、行かないって言うとおとなしくなる。
大きな外傷は見当たらないし、ひと晩様子を見てもいいか。
「きれいな鳥さん、僕は大成っていうんだ。よろしくね。君はさっきまで死にそうだったの。だから元気になるために休まなくちゃいけない。おとなしくしてるんだよ」
「ピュイッ♪」
か、かわいい。
「お返事できて偉いね」
とりあえず、水とエサを用意しよう。
少し離れて様子を見ることにした。
水は飲んだけど、エサは食べない。警戒しているのかな。
それにしては、愛嬌のあるクリクリした目でこっちを見つめている。
あれは、構ってほしいのかな。
「君みたいなきれいな鳥、初めて見たよ」
「ピュイ♪」
「あ、こんなこと言ったらピヨちゃんが怒るかも。ピヨちゃんっていうのは、僕の家族のセキセイインコ。別の部屋にいるけど、とってもかわいい子だよ。歌も上手なんだ」
「ピ……」
「君には『きれい』って言葉が合うと思う。でも、顔立ちがキリッとしてるから、格好良くもあるね。青い羽も鮮やかで、見惚れちゃうよ」
「ピュイピュイ♪」
顔を上下に揺らしている。ご機嫌なようだ。
ケージの手前まで来てくれた。
濡れていた体はすっかり乾き、ツヤツヤしている。
これは、触りたい。
野鳥なのか飼い鳥なのか分からないし、あまり触れないほうがいいとは思う。
でも、1回くらいナデナデしたい。
今日頑張った僕へのご褒美に! 頼む!
「あのさ、触ってもいい?」
人差し指の先を柵の隙間にちょっとだけ差し込んでみる。
突かれたらやめよう。清く諦める!
「……ピピ♪」
すり寄ってきてくれたので、爪先を小さく動かして撫でる。
やったー!
え、なんだこれ、めっちゃサラサラ。僕の髪の毛よりサラサラじゃん。
けしからん!
でも、たまらん。かわいい!
鳥さんも気持ちよさそう。良かった。
癒しのアニマルタッチの時間は、あっという間に過ぎる。
本調子ではない子に無理をさせてはいけない。
断腸の思いで手を引く。
「ありがとう。こんなにしっかり人間の言葉を理解しているなら、きっと誰かに飼われていたよね。早く家族のもとに帰れるように飼い主探しするから、任せて!」
「ピ……」
ウトウトしてる。
休ませてあげなきゃ。
「おやすみ、また明日ね」
ケージの布をかけ直し、リビングを暗くしてから自分の部屋に戻る。
放っておかれてご機嫌斜めのピヨちゃんを慰める。
今日は疲れた。
自分もずいぶん冷えていることに気づき、お風呂でしっかりと温めた。
疲れていたのか、その日は何もせずに寝てしまった。
翌日、ケージから青い鳥は消えていた。
わずかに開いた窓から、冷たい風が入り込む。
どうやって、という驚きもあったが、それより、なぜ、という悲しみのほうが強かった。
でも、賢すぎる子だから、きっと自分の意志でどうにか外に出たのだろう。
晴れ渡った空を見れば、窓を開けてしまうのも分かる。
でも、ちょっと愚痴くらい言わせてほしい。
「元気になったら、飛ぶところを見せてって言ったのに」
さよなら、元気でね。




