2話 はじめまして、お隣さん
鳥海さんとの出会いは、1週間前になる。
店の締め作業が終わり、喫茶店から徒歩5分のマンションに帰宅する。
父さんと2人で暮らしてきたマンション。昔は母さんも住んでいた。
母さんは僕が小学5年生の時に病気で亡くなった。「老後は夫婦で喫茶店をやりたい」という母さんの夢を叶えたかった父は、長く勤めた会社を早期退職した。
近所にある行きつけの喫茶店で弟子入りを志願したら、「もう年だし、店を畳もうと思っていた。教える代わりに、そのまま継いでくれ」と言われ、父が2代目ポッポのオーナーになった。
学生時代、不登校気味だった僕は父に誘われ、店で手伝いをしていた。
常連さんは僕を小鳩ジュニアや大成くんと呼び、時に優しく、時に厳しく、まるで家族のように接してくれた。
接客は慣れるまで怖かったけど、お客さんに「ありがとう」「ごちそうさま」と言われるたびに、自信が持てるようになった。
両親との思い出が詰まった家と、唯一の居場所であるポッポを守ることが、僕の生きがい。
家に着いたら、まずインコのピヨちゃんに挨拶する。
「ピヨちゃん、ただいま~」
「ピヨちゃん、ピヨちゃん、ただいま♪」
首を縦にブンブン振りながら、返事をしてくれる。
父が亡くなって、生きる気力を失っていた時。
近所のおばさんが「ペットかわいいわよ、旦那より大事」と言っているのを聞いて、なんとなく立ち寄ったペットショップで出会った。
目が合った瞬間に運命だと感じ、家に迎えた。
ピヨちゃんのおかげで、立ち直れた。
部屋でピヨちゃんと一緒にゆっくりしていると、インターホンが鳴った。
玄関モニターを見ると、青い髪をした青年が立っていた。
配達かな。注文していたクッションが届いたのかも。
「はい」
「こんばんは。夜分に失礼します。隣に越してきた鳥海と申します。日中ご不在のようでしたので、今ご挨拶できればと思いまして伺いました」
「あ、はい! お待ちください」
扉を開くと、芸能人みたいなイケメンがいた。
「鳥海です。これからよろしくお願いします。これ、つまらないものですが」
わー、若いのに礼儀正しい。20代かな。僕より若そう。
「ご丁寧にありがとうございます。小鳩と申します。こちらこそよろしくお願いします。お隣ですし、何か困ったことがあったら気軽に言ってくださいね」
すると青年は、パーッと弾けるような笑顔を向ける。
「いいんですか!」
「僕でよければ」
「あの、さっそくご相談したいことがあって……」
「はい」
「私、1人暮らしが初めてなので、恥ずかしながら、電気とガスが契約しないと使えないことを知らなくて。部屋も暗くて何もできないから、どうしようかなと……」
目がウルウルしてる。
このマンションに1人で入居なんて珍しいな。まあ、僕もそうか。
よし、若者の1人暮らしデビューを応援しよう!
「最初は分かりませんよね。今から業者に連絡しても、すぐには使えないと思います。連絡は明日にして、良かったらお風呂とか、うちのを使ってください」
「なんて、優しい……。それでは、お言葉に甘えてお邪魔してもいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
家にお客さんが来るの、久しぶりだな。
なんか、いきなり緊張してきた。
とりあえずリビングに通して、飲み物を出そう。
「どうぞ、こちらのお席に」
あ、いつもの癖が出てしまった。
家なのにお席とか、恥ずかしい!
「はい、失礼します」
気にしてないみたい。良かった。
「コーヒーと紅茶、どちらがお好きですか?」
「え、お気遣いなく!」
「いいえ、僕も一緒に飲みたいんです」
「一緒に……では、コーヒーをお願いします」
「分かりました。お待ちください」
夜だし、カフェインレスのほうがいいかな。
「どうぞ」
「わ、素敵なマグカップですね」
「鳥海さんの髪色にちょっと似ているなと思って」
「私の……髪色」
「はい。きれいな青色ですね。光沢もあって、それに髪質もサラサラ。僕、くせ毛なので憧れます」
鳥海さんが下を向いてしまった。
「どうしました?」
何か気に障ること言ったかな。
「いえ、感動して。私のことをこんなに褒めてくれる人は、今までいなかったので」
褒める要素しかなさそうだけど。
「そうですか。えっと、どうぞ、温かいうちに」
「はい、いただきます。……おいしい。香りもすごく良いです」
「お口に合って良かったです」
姿勢が正しくて、所作も言葉遣いも美しい。一人称も「私」だし、いいところのお坊ちゃんって感じ。
「鳥海さんは学生さんですか?」
「いいえ、仕事をしています」
「あ! 失礼しました。お若く見えたので」
「いいえ、大学には通っていなくて、ずっと家業を手伝ってきました」
「僕も同じです。高校を卒業して、父の仕事を継ぎました。同じ境遇の人に会ったことがなかったので嬉しいです!」
同じ悩みとかあるかな。色々話してみたい。
「か、かわいい」
「かわいい? ああ、このマグカップ、僕も好きなんです!」
「……私も好きです!」
鳥海さん、陽キャっぽくて苦手なタイプかもと思ったけど、話しやすい。
見た目で判断して申し訳ない。
そうだ、お風呂。
「お風呂、入りますよね? 夜ご飯は食べましたか?」
「いいえ」
「僕も帰ってきたばかりで、まだ食べていないんです。簡単なものしか作れませんが、良かったら食べていきませんか?」
「あなたの作った料理を……いいんですか? いただいても」
「はい、オムライスにしようかなと。食べられますか?」
「は、はい!」
「良かった。じゃあ、作りますね。その後、お風呂どうぞ」
オムライスを食べた鳥海さんは、「おいしい、幸せだ」と声を震わせていた。
そんなに喜ばれると、こっちも嬉しいな。
1人暮らしは初めてのようだし、家庭の味が恋しいのかも。
お風呂に入ってもらったあと、彼には自分の家に帰ってもらったほうがいいかなとも思ったけど、暖房もつけられないし、寒いよね。
父さんの部屋はきれいにしてあるから、そこでよければ泊まってもらってもいいか。服もあるし。
彼にどうしたいか聞くと、二つ返事で「泊まります!」と答えた。
翌日、僕は店の仕込みがあるので、鳥海さんには申し訳ないけど、早朝に帰ってもらうことにした。
「あの、大成さんって呼んでもいいですか?」
あれ、下の名前教えたっけ?
「はい、いいですよ」
「大成さん、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。僕のすべてをかけて、絶対にお返しします!」
「はは! 大げさですよ。恩なんて返してもらわなくてもいいですけど……僕、近くでポッポって名前の喫茶店を営んでいまして、お客さんとして一度来ていただけたら嬉しいです」
「はい、絶対に伺います。それでは、また」
喫茶店に来てくれたら、また話ができるといいな。
この日以降、まさか彼が連日店を訪れるとは思ってもいなかった。




