偶然に会ったと思ったあの場所で何度も君と出会い重ねる
【短歌】
偶然に会ったと思ったあの場所で何度も君と出会い重ねる
【短歌をテーマに物語】
最初は、本当にただの偶然だった。
駅前の小さな本屋。
学校帰りにたまたま立ち寄っただけだった。
新刊を眺めていた私は、棚の向こうから伸びてきた手と、自分の手が同じ本に触れたことで顔を上げた。
「あ……」
そこにいたのは、同じ学校の男の子だった。
同じ学年。
けれど、今まで話したことはない。
「あ、ごめん」
「ううん。どうぞ」
「ありがとう」
彼は本を手に取ると、そのままレジへ向かった。
たったそれだけ。
名前すら知らない。
だから、その日のこともすぐに忘れると思っていた。
――そう思っていた。
*
数日後。
私はまた、その本屋にいた。
お気に入りの小説の新刊が出たからだ。
店内を歩いていると。
「あ」
また、いた。
あの日の男の子。
彼もこちらに気づいたらしい。
「あのときの」
「……こんにちは」
「こんにちは」
二人で少し笑う。
「よく来るの?」
彼が聞いてきた。
「うん。ここ好きだから」
「俺も」
それから少しだけ話した。
好きな作家が同じだと分かった。
それだけの会話だった。
店を出るとき。
「じゃあ、また」
「うん。またね」
手を振った。
また。
その言葉が、妙に心に残った。
*
それから一週間。
私は学校帰りに、また本屋へ向かった。
別に。
彼に会いたいからではない。
……たぶん。
店に入る。
いない。
少しだけ残念に思った。
私は新刊を探す。
すると。
「こんにちは」
背後から声がした。
振り返る。
彼だった。
「……また会ったね」
「うん」
「今日は会わないと思ってた」
「私も」
二人で笑う。
その日から。
不思議なことが続いた。
*
次の週。
駅前のベンチで、彼を見かけた。
さらに次の週。
学校近くの喫茶店で、彼が本を読んでいた。
休日に友達と出かけた先でも、偶然彼とすれ違った。
「また?」
「まただね」
顔を合わせるたび、二人で笑った。
「俺たち、よく会うね」
「そうだね」
「もしかして、行く場所が似てるのかな」
「かもしれない」
そう言いながら。
私は少しだけ期待するようになっていた。
――今日も会えるかな。
そんなことを思ってしまう。
最初は偶然だった。
二度目も偶然。
三度目も。
でも。
何度も続くと、偶然という言葉だけでは片づけたくなくなってくる。
*
ある夕方。
いつもの本屋へ向かう。
けれど、その日はなぜか足が重かった。
別に約束をしているわけじゃない。
彼がいる保証もない。
それでも。
店の扉を開ける。
店内を見回す。
いない。
「……そっか」
私は少しだけ肩を落とした。
すると。
「探してる?」
「え?」
店員さんの声だった。
「何を?」
「いや、さっきから入口を気にしてるから」
「……!」
恥ずかしくなって、私は本棚へ逃げるように向かった。
そのとき。
入口のベルが鳴った。
「こんにちは」
聞き慣れた声。
私は振り返った。
彼が立っていた。
「……また会ったね」
彼が笑う。
「うん」
「なんか、安心する」
「え?」
「ここに来れば会える気がしてきた」
胸が高鳴った。
「私も……」
小さな声で答える。
「ここに来ると、君がいるかもって思ってる」
彼が少し驚いた顔をする。
「……じゃあ」
「うん?」
「今度は偶然じゃなくて、会わない?」
私は目を瞬いた。
「約束するってこと?」
「そう」
彼が照れくさそうに笑う。
「次の土曜日、ここで待ってる」
胸の奥が温かくなる。
「分かった」
私は頷いた。
*
土曜日。
約束の時間より少し早く、本屋へ着いた。
店の前で待つ。
しばらくすると。
「ごめん、待った?」
彼が走ってきた。
「ううん。今来たところ」
お互いに笑う。
今日は偶然じゃない。
ちゃんと約束して、会った。
「じゃあ、行こうか」
「どこに?」
「新しくできた本屋。ちょっと遠いけど」
「いいね」
二人で歩き出す。
今まで何度も、偶然出会った。
でも。
これからは。
偶然に任せなくてもいい。
歩きながら、私は思った。
最初は、ただの偶然だった。
けれど。
何度も君と出会えたから。
君と話すようになった。
君をもっと知りたいと思うようになった。
そして今。
私は、自分から君に会いたいと思っている。
何度目かの偶然が。
いつの間にか、二人の約束へと変わっていた。
きっと運命というものがあるのなら。
それは、最初から決められたものではなく。
何度も重なった偶然を、大切にした先に生まれるものなのかもしれない。
隣を歩く彼を見る。
目が合う。
二人で笑う。
次に会う日は、もう決まっている。
だから今日は。
偶然じゃない。
そんなことが、なんだか少し嬉しかった。




