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恋愛短歌小説~三十一文字から始まる物語。この短歌、恋愛小説にしてみました~  作者: 水曜


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残業の 静かな部屋で 二人きり 帰りたくない 思ってしまう

【短歌】

残業の 静かな部屋で 二人きり 帰りたくない 思ってしまう



【短歌をテーマにした物語】

 時計の針が、午後八時を回った。


 オフィスには、まだいくつかの明かりが残っている。


 私はパソコンの画面を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……終わらない」


 今日中に仕上げなければならない資料。


 明日の朝には上司へ提出する予定になっている。


 できれば定時で帰りたかった。


 けれど、そう簡単にはいかないらしい。


 周りの席を見渡す。


 ほとんど誰もいない。


 残っているのは――。


「まだ終わってない?」


 斜め向かいの席から声がした。


「……うん」


 彼だった。


 同じ部署で働く同期。


 普段から仕事ではよく話すけれど、二人きりになることはあまりない。


「手伝おうか?」


「大丈夫。あと少しだから」


「そう?」


 彼はそれ以上言わず、自分の仕事へ戻った。


 静かなオフィス。


 聞こえるのは、キーボードを叩く音と空調の音だけ。


 私は資料を作り続けた。


 しばらくして。


「はい」


 突然、机の横に何かが置かれた。


「……これ?」


「自販機で買ってきた。よかったら」


 温かい飲み物だった。


「ありがとう」


「冷えるからね」


「うん」


 彼は自分の席へ戻っていく。


 私は缶を両手で包んだ。


 じんわりと温かい。


 その温かさが、なぜか胸まで広がっていくようだった。


 *


「終わった……」


 午後九時を少し過ぎた頃。


 ようやく資料が完成した。


「お疲れさま」


 彼が顔を上げる。


「そっちも?」


「俺も終わった」


「じゃあ、帰れるね」


「うん」


 彼がパソコンを閉じる。


 オフィスがさらに静かになった。


 私は鞄を持つ。


 そして。


 ふと、思った。


 ――もう帰るんだ。


 いつもなら、一刻も早く帰りたい時間。


 疲れている。


 早く家に帰って、ゆっくりしたい。


 そう思うはずなのに。


 今日は。


 なぜか、少しだけ寂しかった。


「どうしたの?」


 彼がこちらを見る。


「え?」


「さっきから動かないけど」


「……なんでもない」


 私は笑って誤魔化した。


 けれど。


 自分でも分かってしまった。


 私は――。


 帰りたくない。


 正確には。


 この時間が終わってしまうのが、惜しかった。


 仕事をしている間は、彼が向かいにいた。


 時々、顔を上げれば目が合った。


 温かい飲み物をもらった。


 仕事の話をして。


 くだらないことを少し話して。


 普段の職場では当たり前すぎて気づかなかった。


 彼と二人で過ごす時間が、こんなにも心地いいなんて。


「……ねえ」


「うん?」


「少しだけ、話さない?」


 自分でも驚くほど自然に言葉が出た。


 彼は少し驚いた顔をした。


「いいよ」


 二人で、まだ明かりのついている休憩スペースへ向かった。


「今日、大変だったね」


「うん」


「明日も忙しいかな」


「たぶん」


「嫌だなあ」


「俺も」


 二人で笑う。


 仕事の愚痴。


 最近見た映画の話。


 休日に行きたい場所。


 そんな、とりとめのない話。


 気づけば、時間が少しずつ過ぎていた。


「……なんか」


 彼が言った。


「こういうの、いいね」


「こういうの?」


「仕事じゃなくて、普通に話すの」


 私は少しだけ笑った。


「うん」


「また話そうよ」


「……うん」


 胸が温かくなった。


 *


 午後十時。


 さすがに会社を出ることにした。


 エレベーターの中。


 二人きり。


「今日はありがとう」


 彼が言う。


「こっちこそ」


「一人だったら、もっと疲れてたと思う」


「私も」


 エレベーターが一階に着く。


 扉が開く。


 夜の空気が流れ込んできた。


「じゃあ、駅まで一緒に行こうか」


「うん」


 二人で歩き出す。


 街灯の下を並んで歩く。


 昼間とは違う静かな街。


 仕事の話をしながら歩いていると、ふと彼が言った。


「今日、なんか楽しかった」


「……私も」


「残業なのにね」


「そうだね」


 二人で笑った。


 駅が見えてくる。


 もうすぐ別れる。


 私は少しだけ歩く速度を落とした。


 彼も気づいたのか、歩調を合わせてくれる。


 そして。


 改札の前。


「じゃあ、また明日」


「うん。また明日」


 手を振る。


 彼が改札を抜けていく。


 その背中を見送る。


 少し寂しい。


 でも。


 明日も会社で会える。


 そう思ったら、自然と笑顔になった。


 あの夜。


 私は初めて気づいた。


 「帰りたくない」と思ったのは。


 仕事が終わってほしくなかったからではない。


 彼と過ごす時間が、終わってほしくなかったからだ。


 翌朝。


 いつもより少しだけ早く会社へ向かった。


 オフィスに入る。


 彼の席を見る。


 まだ来ていない。


 私はパソコンを起動しながら、ふっと笑った。


 今日も仕事は忙しいだろう。


 また残業になるかもしれない。


 でも。


 もしまた二人きりになれたら。


 今度はもう少しだけ、素直に話してみたい。


 そんなことを思いながら。


 私は今日の仕事を始めた。

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