### 第93話:夜の特訓場
### 第93話:夜の特訓場
「今日のメニューはここまでだ」
ナショナルトレーニングセンターのメインドームの照明が、時間を迎えて一段と眩しさを増した頃、一ノ瀬コーチの短い合図が響いた。
辺りを見回すと、他の選抜メンバーたちの姿はすでにまばらになっており、夕食やミーティングの時間へと移っているようだった。午前中に味わった真壁・御堂ペアとの完敗から、僕たちは時間の許す限り、サブコートでひたすら基礎の反復と戦術の修正を繰り返していた。
「はぁっ……はぁっ……」
翔太はハンドリムに突っ伏すようにして荒い息を吐き出し、そのまま動かなくなっている。僕もまた、腕や肩の筋肉が鉛のように重く、服は絞れるほどの汗でびしょ濡れになっていた。
肉体的には限界を超えているはずなのに、不思議と頭の芯は妙に冴え渡っていた。午前中の絶望的なスコア――0-6という現実が、逆に僕たちのなかに眠っていた執念の火を完全に煽り立てていたのだ。
「立て、いつまで雑巾みたいに這いつくばっている気だ。食堂が閉まるぞ」
コーチは相変わらず冷淡な口調だったが、その手には水分補給用のボトルがしっかりと握られており、僕たちへと放り投げられた。
「……ありがとうございます、コーチ」
僕はボトルを受け取り、一気に水分を流し込む。冷たい水が乾いた喉を潤し、熱を持った身体の奥へと染み渡っていく。
自分のマットブラックの車いすに目をやると、タイヤの表面やフレームには今日の激闘を物語る擦り傷やタイヤ痕が刻まれていた。しかし、野田さんがミリ単位で調整してくれたその相棒は、どんなに酷使しても微塵のガタつきすら見せず、静かに僕の隣で次の指示を待っている。
「おい、瀬戸」
立ち去りかけたコーチが、ふと足を止めて振り返った。
「午前中の試合で、お前たちはあいつらのスピードと技術に圧倒された。だが、あいつらの車椅子の動きをよ思い返してみろ。……何に気づいた?」
「……え?」
不意を突かれた質問に、僕は思わず動きを止めた。
「あいつらはただ速いだけじゃない。僕たちが無駄にステアリングを切っているところを、最小限の力で、車体の傾きだけで完璧なラインを作っていた……」
「そうだ。気合や根性だけで埋まる差じゃない。お前たちの車いすのセッティングも、体の使い方も、まだ『あいつら専用の領域』に届いていないだけだ。……明日からの練習の意味が分かったなら、さっさと飯を食って寝ろ。明日は朝から、今日の続きを徹底的に叩き込んでやる」
コーチはそれだけ言い残すと、背中を向けたまま大股でロッカールームの方へと歩いていった。
「……聞いたか、瀬戸」
隣でようやく息を落ち着かせた翔太が、顔を上げてニヤリと笑った。
「ああ。まだまだ僕たちの相棒は、こんなもんじゃないってことさ」
宿舎へと向かう通路の静寂の中、僕たちの車いすのタイヤが鳴らす規則正しい音が、明日への決意を刻むように力強く響いていた。




