### 第92話:反撃の胎動
### 第92話:反撃の胎動
「そこまで! ボールの勢いに負けるなと言ったはずだ、翔太!」
一ノ瀬コーチの厳しい叱責が、サブコートの空気を再び引き締める。
真壁・御堂ペアとの惨敗から数時間、僕たちは休憩も惜しんでノック練習とラリーの反復に没頭していた。先ほどの試合で突きつけられた圧倒的なスピードと技術の差。それを埋めるためには、ただがむしゃらに打ち返すだけではなく、相手の強烈なショットを逆に利用してカウンターを放つ「予測と反発のコントロール」が必要だった。
「くそっ……! もう一球お願いします、コーチ!」
翔太の瞳には疲労の色など微塵もなく、むしろ先ほど以上の鋭い光が宿っていた。
悔しさをバネに変えて泥臭く食らいつくその姿は、あの最初の大会で絶望に打ちひしがれていた頃の面影を完全に消し去っている。
僕もまた、自分の車いすのハンドリムを強く握りしめた。
野田さんがミリ単位で調整してくれたマットブラックのフレームは、激しい反復練習による摩擦と熱を帯びながらも、少しのガタつきすら見せず僕の身体を支え続けている。骨盤を立て、腹筋と背筋でガッチリと固定した体幹の軸が、どんなに体勢が崩れかけた瞬間でも正確な打点へと導いてくれる。
「次は、もっと速い球を送る。心してかかれ」
コーチがラケットを構え、鋭い視線を僕たちに向ける。
放たれたボールは、先ほどよりもさらに重く、唸りを上げてコートへと飛んできた。
(――捉える!)
僕は車体を一気に加速させ、最短距離で落下地点へと滑り込む。
迷いのないスイング軌道を描き、ラケットの芯でボールを鋭く捉えた。
パァンッ!!!
先ほどまでとは明らかに違う、重く伸びのある打球音がサブコートを切り裂く。
ボールは相手コートの深いコーナーへと突き刺さり、コーチの足元を鋭くかすめてバックフェンスへと音を立てて転がっていった。
「……ほう」
コーチがわずかに目を細め、フッと不敵な笑みを漏らす。
「やっと、あいつらの背中が視界に入ってきたか。だが、まだ足りん。あいつらを完全に引きずり下ろすためには、もっと狂気的なまでの精度が必要だ」
「「はいっ!!」」
僕と翔太は声を揃えて返事をし、再びポジションへと車いすを滑らせた。
全国の頂点へ向けた反撃の歯車が、いま、確かな音を立てて回り始めている。




