↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
車輪の軌跡 ―時速0キロからの挑戦―  作者: じょんどぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/104

### 第9話:冷えた缶と視線

### 第9話:冷えた缶と視線


膝の上に置かれたスポーツドリンクの缶は、ひんやりとした冷気を放っていた。

僕はそれをじっと見つめた後、顔を上げて目の前の少年を見た。テニス部のユニフォームを着た彼は、どこか気まずそうに視線を泳がせながらも、立ち去ろうとはしなかった。


「……これ、なに?」

僕は乾いた声で尋ねた。


「自販機のお釣りが出ちまってよ。小銭がジャラジャラして鬱陶しかったから、余計に買っただけだ。勘違いすんなよ」

少年はそっぽを向いて、ぶっきらぼうにそう言った。明らかに照れ隠しの言い訳だった。


僕は少しだけ唇を緩め、缶のプルタブに指をかけた。

「……ありがとう。助かるよ」

「別に。……それよりさ」

少年は視線を僕の車いすに戻し、物珍しそうに、けれど侮蔑とは違う真っ直ぐな目でそれを観察した。

「それ、普通の車いすとは全然違うよな。タイヤがハの字になってるし、フレームもやたら軽い。お前、それで何やってるわけ? 壁打ちなんてしてさ」


「車いすテニスだよ」

「テニス?」

少年の眉がぴくりと動いた。

「ああ。足の代わりにこの車輪を使って、コートを縦横無尽に走り回るスポーツだ。……まあ、まだまともにラリーもできないけどさ」


僕が自嘲気味に笑うと、少年は少し考え込むような顔をした。それから、自分のラケットを軽く地面にトントンと突いた。

「へえ……。オレ、翔太(しょうた)。この学校のテニス部、二年。お前は?」

「瀬戸蓮。一年」

「瀬戸……?」

翔太は何かを思い出すように目を細め、そしてハッとしたような顔をした。

「あ。お前、去年の夏までサッカー部にいた……あの瀬戸か?」


名前が知られていたことに、少しだけ胸が突かれた。

だが、隠すようなことでもない。僕は淡々と頷いた。

「そうだよ。事故に遭って、足が動かなくなった。だから、サッカーはもうできない」


翔太は気まずそうに口を噤んだ。一般的には、ここで「気の毒に」という言葉が返ってくる場面だ。けれど、彼はしばらく沈黙した後、意外な言葉を口にした。


「……もったいねえな。去年の地区予選、お前のシュート見たことあったからさ。すげえ動きする奴だなあって思ってたんだ」

翔太は自分のラケットをぎゅっと握り直した。

「でも、サッカー辞めて、今度はそこでテニスやってるんだろ? 足が動かなくても、そういうのって関係ねえのかよ」


「関係なくはないさ」

僕は冷えた缶を一口飲み、体内に染み渡る冷たさを感じながら言った。

「むしろ、思い通りにいかないことだらけだ。でもな、この車輪をどう動かすかで、ボールの軌道が変わる。自分の力でコントロールできる感覚が、今の僕には必要なんだよ」


翔太はしばらく僕の顔を見つめ、それからフッと息を吐いた。

「よくわかんねえけどさ……。変なやつだな、やっぱ」


そう言って悪びれなく笑った翔太の表情には、最初の頃にあった腫れ物に触れるような怯えは消えていた。

放課後の冷たい空気の中、アスファルトコートの隅っこで、僕たちはほんの少しだけ距離を縮めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。