### 第9話:冷えた缶と視線
### 第9話:冷えた缶と視線
膝の上に置かれたスポーツドリンクの缶は、ひんやりとした冷気を放っていた。
僕はそれをじっと見つめた後、顔を上げて目の前の少年を見た。テニス部のユニフォームを着た彼は、どこか気まずそうに視線を泳がせながらも、立ち去ろうとはしなかった。
「……これ、なに?」
僕は乾いた声で尋ねた。
「自販機のお釣りが出ちまってよ。小銭がジャラジャラして鬱陶しかったから、余計に買っただけだ。勘違いすんなよ」
少年はそっぽを向いて、ぶっきらぼうにそう言った。明らかに照れ隠しの言い訳だった。
僕は少しだけ唇を緩め、缶のプルタブに指をかけた。
「……ありがとう。助かるよ」
「別に。……それよりさ」
少年は視線を僕の車いすに戻し、物珍しそうに、けれど侮蔑とは違う真っ直ぐな目でそれを観察した。
「それ、普通の車いすとは全然違うよな。タイヤがハの字になってるし、フレームもやたら軽い。お前、それで何やってるわけ? 壁打ちなんてしてさ」
「車いすテニスだよ」
「テニス?」
少年の眉がぴくりと動いた。
「ああ。足の代わりにこの車輪を使って、コートを縦横無尽に走り回るスポーツだ。……まあ、まだまともにラリーもできないけどさ」
僕が自嘲気味に笑うと、少年は少し考え込むような顔をした。それから、自分のラケットを軽く地面にトントンと突いた。
「へえ……。オレ、翔太。この学校のテニス部、二年。お前は?」
「瀬戸蓮。一年」
「瀬戸……?」
翔太は何かを思い出すように目を細め、そしてハッとしたような顔をした。
「あ。お前、去年の夏までサッカー部にいた……あの瀬戸か?」
名前が知られていたことに、少しだけ胸が突かれた。
だが、隠すようなことでもない。僕は淡々と頷いた。
「そうだよ。事故に遭って、足が動かなくなった。だから、サッカーはもうできない」
翔太は気まずそうに口を噤んだ。一般的には、ここで「気の毒に」という言葉が返ってくる場面だ。けれど、彼はしばらく沈黙した後、意外な言葉を口にした。
「……もったいねえな。去年の地区予選、お前のシュート見たことあったからさ。すげえ動きする奴だなあって思ってたんだ」
翔太は自分のラケットをぎゅっと握り直した。
「でも、サッカー辞めて、今度はそこでテニスやってるんだろ? 足が動かなくても、そういうのって関係ねえのかよ」
「関係なくはないさ」
僕は冷えた缶を一口飲み、体内に染み渡る冷たさを感じながら言った。
「むしろ、思い通りにいかないことだらけだ。でもな、この車輪をどう動かすかで、ボールの軌道が変わる。自分の力でコントロールできる感覚が、今の僕には必要なんだよ」
翔太はしばらく僕の顔を見つめ、それからフッと息を吐いた。
「よくわかんねえけどさ……。変なやつだな、やっぱ」
そう言って悪びれなく笑った翔太の表情には、最初の頃にあった腫れ物に触れるような怯えは消えていた。
放課後の冷たい空気の中、アスファルトコートの隅っこで、僕たちはほんの少しだけ距離を縮めていた。




