### 第10話:異端のパス
### 第10話:異端のパス
翔太が去った後も、僕はしばらくアスファルトコートに残っていた。
缶に残ったスポーツドリンクの甘酸っぱさが、乾いた喉に心地よく染み渡る。足が動かなくなったあの夏から、僕を縛り付けていたのは周囲の視線だけではなく、自分自身が勝手に作り上げた「被害者」という檻だったのかもしれない。
翔太のあっけらかんとした態度が、その檻の鍵をほんの少しだけ押し開けてくれたような気がした。
「……さて、もう一踏みするか」
僕は空き缶を脇のフェンス際に置き、再び競技用車いすに乗り込んだ。
夕日が校舎の影を長く引き延ばし、コートの半分を冷たい薄明かりの中に沈めていく。残された時間は短い。
ボールを手に取り、再びコンクリートの壁に向き合う。
投げる、漕ぐ、打つ。
先ほどまでの無様なミスを頭の中で反芻し、どこに問題があったのかを分析する。車いすの回転軸がわずかにずれていたこと。打点の位置が体から離れすぎていたこと。サッカーの時と同じだ。戦況を冷静に把握し、瞬時に修正する力がなければ、どんな競技であっても勝つことはできない。
パァンッ!
乾いた打撃音が、静まり返った夕暮れの空に響いた。
今度はボールがきれいに壁の中央を捉え、綺麗な放物線を描いて足元へ跳ね返ってくる。
僕は素早く車体を回転させ、そのボールをもう一度ラケットの芯で捉えた。
ラリーが、続く。
一回、二回、三回……。
音が一定のリズムを刻み始めると、不思議と周囲の景色が消えていく。聞こえるのはタイヤの摩擦音と、自分の激しい息づかいだけ。視界には飛んでくるボールと、その軌道を示す白い線だけが鮮やかに浮かび上がる。
これだ。
この感覚を僕は求めていたのだ。
足が動かなくたって関係ない。この車輪があり、このラケットがある限り、僕は再び「プレイヤー」としてこの場所に立てる。
最後の一打を強く叩き込み、僕は車いすの勢いを制動させた。
息が切れ、両腕は鉛のように重い。しかし、胸の奥底からは、形容しがたい熱いエネルギーが沸き上がっていた。
コートの脇に片付けられた機材をまとめ、トランクに積み込む。
空はすっかり群青色に染まり、星が一つ、二つと顔を出し始めていた。
帰り道、学校の正門を抜けるとき、ふと振り返って校舎裏の暗がりを見た。
そこには誰もおらず、ただひび割れたアスファルトが静かに広がっているだけだ。けれど、今の僕には、そこが世界で一番輝くスタートラインに見えていた。
明日も、あの場所へ行く。
そして、いつかはこの狭い校舎裏を出て、もっと広い、本物のコートへ打って出るんだ。
僕の新しい青春の歯車が、確かに音を立てて回り始めている。




