### 第8話:独りのラリー
### 第8話:独りのラリー
翌日の放課後も、僕は校舎裏のアスファルトコートにいた。
昨日の今日で誰かが来るわけもなく、周囲にあるのは相変わらず錆びかけた物置小屋と、どこか冷たい風だけだ。
「壁打ち、か……」
物置小屋のコンクリート壁の前に車いすを止め、僕はボールを握りしめた。
本来ならネットを挟んでラリーをすべきだが、相手がいない以上、壁を相手にするしかない。一ノ瀬の病院では自動球出し機があったが、ここでは自分の手でボールを投げ、跳ね返ってきたものを打ち返すという原始的な方法しかなかった。
ポーン、とボールを壁に放り投げる。
コンクリートに当たって不規則な軌道で跳ね返ってきたボールに対し、僕は瞬時に車いすを回転させ、ラケットを突き出した。
バァンッ!
乾いた打撃音が狭い空間に響き渡る。しかし、壁の跳ね返りは予測が難しく、次の瞬間には僕の頭上を大きく超えて背後のフェンスへと転がっていった。
「くそっ……!」
拾いに行くために車いすを反転させる。たった一球の往復ですら、思ったように身体と機体が連動してくれない。
サッカー部時代、ボールをトラップし、味方にパスを出す一連の動きは無意識のうちにできていた。だが、車いすテニスにおける「移動」と「打撃」の同時処理は、まるで脳の違う領域をフル回転させているような疲労感を伴う。
それでも、僕は止まらなかった。
転がったボールを拾い集め、再び壁に向き合う。
投げる。漕ぐ。止まる。打つ。
何度も何度も、同じ動作を繰り返す。
アスファルトの上でタイヤが擦れる摩擦音が、静かな夕暮れの校庭にリズミカルに刻まれていく。汗が額から吹き出し、目に入って染みたが、拭う余裕すらなかった。
ふと、遠くの本コートから、テニス部の楽しげな笑い声が聞こえてきた。ダブルスのペアで盛り上がっているのだろう。青春の謳歌そのもののような明るい声が、こちらの孤独を際立たせるように耳に届く。
胸の奥が、ほんの少しだけチクリと痛んだ。
(僕も、あっち側にいられたはずなのに)
そんな弱音が頭をかすめた瞬間、投げたボールの軌道を見誤り、ラケットのフレームに嫌な感触が伝わった。ボールは明後日の方向へ弾き飛ばされる。
「……何やってんだよ」
僕はハンドルから手を離し、力なくうなだれた。
同情の目を向けられるのが嫌だと言いながら、心のどこかで「普通の青春」を羨んでいる自分がいる。その矛盾が、たまらなく情けなかった。
だが、その時だった。
背後から、コツコツと足音が近づいてくるのが聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは、昨日僕を「変なやつ」と言って見つめていたテニス部の少年だった。彼の右手には、一缶のスポーツドリンクが握られていた。
「お前さ……」
少年は少し気まずそうな顔をしながら、冷えた缶を僕の膝の上にぽんと置いた。
「見てると、なんか落ち着かねえんだよ。そんなんで、一人で何やってるわけ?」
予期せぬ来訪者に、僕はしばらく言葉を失い、ただ膝の上の冷たい金属の感触を見つめていた。




