### 第7話:境界線の外側
### 第7話:境界線の外側
放課後のアスファルトコートに、タイヤが地面を噛む乾いた音が響く。
誰もいない。周りにあるのは、錆びかけた古い物置小屋と、使われなくなった備品が放り出されたスペースだけだ。一般のテニス部が使っている整備されたオムニコートからは、軽快な打球音と生徒たちの活気ある声が風に乗って流れてくる。
あちら側の世界と、こちら側の世界。
その境界線にあるのは、ただの古びた白線だった。
「……ふう」
僕は車いすの動きを止め、深く息を吐き出した。
学校生活が始まって数日。授業の合間に向けられる好奇の目や、過剰な配慮に満ちた教師たちの言葉に、正直、少しだけ疲れていた。「大丈夫か?」と声をかけられるたび、僕は「事故の被害者」という枠組みの中に押し込められているようなもどかしさを覚えた。
だからこそ、この放課後の時間だけが救いだった。
ここでは誰も僕を「可哀そうな生徒」としては見ていない。ただ一人の、コートに向き合うプレイヤーとして存在できる。
トランクから引っ張り出してきた黄色いマーカーコーンを、コートの端に並べる。一ノ瀬の病院で叩き込まれた基礎を思い出しながら、まずはウォーミングアップの八の字走行を始めた。
キィッ、キュルルッ。
腕の筋肉が、昨日の疲れを引きずりながらもリズミカルに収縮する。車いすのキャスターがスムーズに回転し、思い描いた通りの軌道を描いていく。
ただ走るだけなのに、不思議と心が澄んでいく。余計な雑念が、風に飛ばされていくようだった。
「――おい、そこで何やってんだ?」
突然、背後から声をかけられた。
ブレーキをかけ、車いすを半回転させて振り返る。そこに立っていたのは、テニス部のユニフォームを着た見慣れない顔だった。おそらく、一年生か二年生の部員だろう。ラケットを肩に担ぎ、怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「……部活の練習だよ」
僕は淡々と答えた。
「部活? ここ、テニスコートじゃねえぞ。ただの空き地だろ。それに、お前……」
少年は僕の足元と車いすをちらりと見て、言葉を濁した。憐れみというよりは、純粋な戸惑いだった。どう接していいのか分からないという顔だ。
「知ってるよ。でも、ここしか場所がないからさ」
僕は笑わずにそう言い返した。
少年は気まずそうに視線を泳がせ、「……変なやつ」と呟くと、そのまま本コートの方へ戻っていった。
取り残された空間で、僕は再びハンドルに手をかける。
変なやつ、か。
確かにそうかもしれない。周りが普通の青春を送っている中、一人でこんなアスファルトの隅っこで車輪を回しているのだから。
けれど、胸の奥にある熱は、少しも冷めていなかった。
あっち側の世界がどれだけ華やかでも、僕にはこの場所が必要だ。この冷たい鉄の塊と一緒に、自分の手で未来をこじ開ける場所が。
僕は再び強くハンドリムを叩き、夕闇が迫るコートへ飛び出した。




