### 第86話:合宿の予感
### 第86話:合宿の予感
一ノ瀬コーチの告げた「ジュニア選抜合同合宿」という言葉は、その日の僕たちの胸の内に強烈なざわめきを残した。
隣町のスポーツセンターでの練習試合で得た勝利は確かに大きな自信となったが、それすらいわば「井の中の蛙」の小さな一歩に過ぎないのだと思い知らされる。全国各地から、怪物のような才能を持った同世代のプレイヤーたちが集まる場所。そこで待ち受けているのは、僕たちの想像を絶するような圧倒的なレベルの差かもしれない。
「合宿かよ……。考えただけで武者震いがするぜ」
夕暮れの特設コートの片隅で、翔太はタオルで汗を拭いながら、乾いた笑みを浮かべた。その瞳の奥には、恐怖ではなく、未知の強敵に対する強い好奇心と闘志が宿っている。
僕もまた、自分のマットブラックの車いすのハンドリムにそっと手を触れた。
「逃げる気なんて最初からないさ。あのときの悔しさを思えば、どんな壁だって越えてやる」
野田さんに完璧にアライメントを調整してもらったこの相棒と、一ノ瀬コーチに叩き込まれた揺るぎない体幹の軸。そして何より、一人ではなく、翔太という最高の仲間と共にここまで這い上がってきたという事実が、僕の背中を力強く押してくれていた。
「おい、いつまで感傷に浸ってやがる! 合宿の日程まであと一週間だ。そこまでに今の精度をもう一段階引き上げておかんと、初日で使い物にならなくなるぞ!」
コートの少し離れた場所から、一ノ瀬コーチの容赦ない声が飛ぶ。
僕たちは顔を見合わせ、苦笑しながらもすぐに車体に体重を乗せた。
物語は、いよいよ狭い特設コートを飛び出し、全国という広大な舞台へと言葉通り加速していく。
僕たちの車いすは、さらなる高みへ向けて、夕暮れのサーフェスを力強く蹴り出した。




