### 第77話:共鳴する車輪
### 第77話:共鳴する車輪
「15-40! ブレークポイント!」
スコアコールが静まり返った屋内コートに響き渡る。
わずか一ゲーム前まで、圧倒的なスピードと戦術の前にただ翻弄されるだけだった僕たちが、ついに格上の強豪ペアからブレークのチャンスを掴み取ったのだ。相手チームのベンチからは、監督が不機嫌そうに舌打ちする音が聞こえるような気さえした。
「くそっ、あのルーキーども……!」
相手ペアの表情には、これまでの余裕が完全に消え去り、焦りと苛立ちの色が濃く滲み出ている。
彼らは自分たちの技術と最新のカーボンフレームに絶対の自信を持っていた。それだけに、格下だと見下していた僕たちにペースを握られ始めていることが許せないのだろう。
「おい、瀬戸、翔太! ここでビビったら今までの特訓が水の泡だぞ。一気に畳み掛けるぞ!」
サイドラインの外、一ノ瀬コーチの冷徹ながらも確信に満ちた声が飛ぶ。
その言葉に、僕の心臓が激しく、しかし心地よいリズムで鼓動を打った。
(いける……!)
僕たちの足元を支えるのは、野田さんが職人の技でアライメントを完璧に調整してくれたマットブラックの車いす。漕ぐたびに身体の一部のように追従し、無駄な負荷を一切感じさせない最高の相棒だ。
そして、その相棒を操る僕たちの肉体は、一ノ瀬コーチに徹底的に叩き込まれた「体幹の軸」と「上半身の連動」によって、どんな急なストップ&ダッシュでもブレない強さを手に入れている。
相手サーバーが、息を整えてボールをトスした。
今度は逃げのサーブではない。僕たちの勢いを断ち切ろうと、強烈なフラットサーブが僕のバック側めがけて一直線に突き刺さってきた。
(来る――!)
ボールの速度は、先ほどよりも一段階上がっている。
しかし、僕の視線はブレない。相手の肩の入り方、ラケット面の角度、そのすべてがスローモーションのように脳裏に焼き付いていた。
僕は右手のハンドリムを強く叩き、最短距離で落下地点へと飛び出す。
車体が完璧な軌道を描いてピタリと静止した瞬間、骨盤を立て、腹筋と背筋の全筋肉を連動させて上半身のバネを極限まで絞り込んだ。
パァンッ!!!
今日一番の、いや、僕たちのテニス人生の中で最も重く鋭い打球音がコートを切り裂いた。
体幹の軸から生み出されたパワーのすべてがラケットの芯に乗り移り、ボールは唸りを上げて相手コートのサイドライン際へと突き進む。
「――っ、速い……!」
相手後衛が凄まじい執念で車いすを滑らせ、辛うじてラケットを伸ばしたが、そのフレームの端に掠めたボールは大きく弾かれ、ネットを越えることなく僕たちのコートの手前にポトリと落ちた。
「ゲーム、瀬戸・翔太ペア!」
審判のコールが響いた瞬間、青いハードコートの空気が一変した。
初めて、自分たちの力で強豪ペアからゲームを奪い返したのだ。
「やったぁぁぁーーっ!!」
翔太が声を限りに叫び、ガッツポーズを作りながら僕の方へと車いすを急接近させてきた。
僕たちはお互いの車いすのバンパーをガツンとぶつけ合わせ、興奮に震える拳を高々と突き上げた。
あの最初の大会での絶望的な敗北。
自分たちの無力さに打ちひしがれ、何もできずにコートを去ったあの日の悔しさが、いま、鮮やかに塗り替えられていく。
僕たちはもう、あの日の弱者ではない。
「おい、浮かれるなよ! まだ試合は始まったばかりだ!」
コーチの厳しい声が飛んできたが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいるように見えた。
最高の相棒とともに、僕たちの本当の戦いは、今、まさに最高潮へと突入しようとしていた。




